シゲの鑑賞日記(仮)

主に趣味(アニメ、仮面ライダー、ポケモンなど)を自由気ままに語りますヾ(๑╹◡╹)ノ" 特に、アニメの感想などをつらつらと書いていくつもりです^ ^

『君の名は。』を見た後に『秒速5センチメートル』を見たら何とも言えない気分になった

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こんにちは、シゲです!

昨年『君の名は。』がヒットしたこともあり新海誠氏の知名度がグンと上がった。実を言うと私自身、『君の名は。』を見るまでは新海誠の事は全然知らなくて、代表作の『秒速5センチメートル』(以下『秒速』)というタイトルだけは聞いたことあるかな?くらいの認識であった。

 

昨年では周りの『君の名は。』ブームに流されたこともあって映画を見に行ったのだが、結論として『君の名は。』は大変面白い作品だったと思っている。「過去改変」「入れ替わり」「世界の危機」(より踏み込んだ言い方では「セカイ系」とも言えるか?)といった、複雑な方法論で話が展開されて、一分一秒が目を離せない映画だ。加えてRADWIMPSの挿入歌も随所に使用されていてメリハリのある仕上がりとなっている。

 

そして今回、WOWOW新海誠特集の一環として過去作の一挙放送を行っていたのだが、そのうちの一つ『秒速』をこの機会に見てみようと思ったわけだ。

結果としては良くも悪くも"考えさせられる"作風だったなと…。正直に言うとあまり盛り上がるような作風ではないし、『君の名は。』のように笑いあり、時には涙ありといった緩急も特にあるわけでもない。何とも不思議なアニメなのだ。

 

分かりやすい言葉で言えば「切ない作品」という事になるのだけど、ただの「切ない」という言葉で片付けてしまうのはあまりにも勿体ないような…。今回はそんな『秒速』が私にとってどういう作品だったのか、モヤモヤの正体を解消する為にも考察していきたい。

 

 

君の名は。』との比較

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君の名は。』最大の特徴と言えば恋愛のみならず、過去改変・隕石・入れ替わりと言ったSF的要素だ。途中まで入れ替わりトリックは隠されており、お馴染みの前前前世をバックに「入れ替わってるぅ〜?!」のシーンで初めてそれが明かされる。そして入れ替わりの対象が「三年前に存在した女の子」というのがまた一風変わっていて実に面白い。入れ替わりと過去改変を巧く融合させた作品であることはもちろん、男女の巡り合いもきちんと描かれている。

 

一方で『秒速』はどうだろうか。「出会いと別れ」に比重を置いているのは『君の名は。』と同様。一方でSF的要素は皆無であるものの(誤解のないように言っておくが、それが"悪い"という訳ではない)、男女の距離感を巧みに表現されている。むしろ『君の名は。』と比べてより"リアル"な路線だ。

 

幼馴染との特別な感情から始まり、大人になるにつれて昔の恋愛は「淡い思い出」と化していく様をまじまじと見せつけられる。これが何とも切なくて、でも"大人になる"というのはそういうことなのだなぁ、と書いていて思っていたけれどとにかく「リアル」なのだ。

 

ついこの前WOWOW新海誠へのインタビューが取り上げられており、(うろ覚えだが)新海誠の作品は"距離"がテーマになっている」と言及されていた。『秒速』では東京と栃木の物理的な距離、『君の名は。』では3年という時間的な距離がある、というもの。

この番組を見て、男女間の距離を別のものに置き換えて表現することで、より"距離感"を際立たせる演出なのだろうか、と私は思った。

 

君の名は。』では瀧くんと三葉の邂逅と別れ、そしてラストには無事再会することでハッピーエンドとなる。対する『秒速』では貴樹と明里の邂逅から別れまでが描かれており、決してハッピーとは言えない仕上がりとなっている。

 

つまり『君の名は。』は出会い→別れ→再会なのに対し、『秒速』は出会い→別れという流れになっている。同じ新海誠の作品で、同じ「距離」というテーマを扱っているものの、方向性は真逆である。再会することで前に進んだ『君の名は。』と、別れることで"大人"になれた『秒速』は全くもって似ていない。落とし所としては対極に位置する。

 

『秒速』で描かれた"距離"

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離れる事で"大人"へのステップを描いた『秒速』だったが、近づいてから離れるまでの距離感が非常にハラハラするものだった。例えば「桜花抄」で貴樹が明里に会うために電車で栃木まで行くシーンだ。田舎の電車はただでさえ本数が少ないのに、雪がさらに遅延という追い討ちをかける。雪がゆっくりと地面へ降りて行くように、電車も実にゆっくりと進んでゆく。

 

しきりに腕時計で時間を確認する貴樹。たしかに明里との物理的な距離は縮まっているはずなのに、むしろ"遠のいていく"ような感覚に視聴者は襲われる。この「近づいているのに遠のいている」ような不思議な感覚が、我々を映画の中に引きずり込んでしまう。

 

待ち合わせの19時から3時間ほど遅れてようやく明里と再会できた途端、私は謎の達成感を味わってしまう。ジリジリと近づいて、でも何故か遠のいているような焦燥感、そして最後には無事再会できた安心感を我々に"与えさせる"、否が応でも感情移入させるよく出来たエピソードだった。どうでもいいが個人的にファーストフード店で2人が古生物の話題で盛り上がっていたシーンがお気に入り。

 

コスモナウト」では、舞台は高校に変わりヒロインは澄田花苗へとバトンタッチされる。種子島での高校生活と、新海誠の抜群の風景描写は非常に相性がよく「種子島行きてぇ!」となるのは置いといて、今度はヒロインの方から貴樹に近づこうとする物語だ。

しかしここで注目すべきは2人の距離感が全くもって"縮んでいない"ということ。遠のいてすらいない。つまり、「貴樹にとって花苗のことはアウトオブ眼中ですよ」というお話。これが端的に表れたのがロケットを眺めるシーンだ。

いざ告白しようとしたら、貴樹は打ち上げられるロケットに興味をそそられるばかりで花苗のことを全く見ていない。

 

これはあくまで個人の見解なのだが、貴樹はどうも「モノ」に興味を持つタイプの人間なのかなと。前述した古生物のくだりもそうだ。あれくらいの歳の男の子ならば普通はスポーツだったり、文化系の人間だとしても流行りのゲームに興味を持つはずなのだが、貴樹の場合よくわからないサソリみたいな古生物に興味をそそられるんですよ。これが凄く面白い。打ち上げられたロケットを見る目もきっと古生物を見る目と同じだったはずだ。明里の時は本当に奇跡的に趣味が合っていたのだが、花苗の場合は「共通の話題」すら無いのだ。

ザックリ言ってしまうと明里の時は明里>古生物であり、たしかに古生物が好きながらもそれ以上に明里を想っていたのは明らか。対する花苗はロケット>超えられない壁>花苗という不等号になっている。あえて残酷な言い方をすれば貴樹にとって花苗はロケット以下の存在だったわけですよ。貴樹がロケットに何を見出していたのかは不明だが、花苗には何も見出せなかった。その「人がモノに負ける」構図がすごく冷淡で恐ろしいのだ。

 

ビターエンドな落とし所

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そして物語のキモである「秒速5センチメートル」で幕は降ろされる。就職をし、社会人としての生活を送る貴樹。新しく彼女もできたけれど変化の無い毎日に嫌気が刺してくる。ついに彼女からは「私たちは1000回メールをやりとりして、たぶん心は1センチくらいしか近づけませんでした」と言われる始末。しかも文面で、ですよ。味気ねぇ!って話ですよね。ふと「あの子は今どうしてるだろう」と思い浮かぶのだが、その子も今は別の男の人と付き合っている。あれほど距離が近かったあの子も、今では全く別々のライフを送っている。ラストでは踏み切りで電車が通過した後、振り返っても再会する事なく貴樹は新たな一歩を踏み出す。

 

この作品のメッセージは「人生ってそういうもんだよ。大人になるってそういうことだよ」というものだろう。思い出は思い出のままに、過去は過去。今は今を精一杯生きるべきだ、という仮面ライダーウィザードのような落とし所となっている。

こういった落とし所は『君の名は。』で奇跡的な再会を味わった人からすればモヤモヤは拭えないだろう。もちろん『君の名は。』感覚で見た私も最初はそういったモヤモヤを感じていた。しかし考えてみれば『君の名は。』と『秒速』は前述した通りそもそもの特性が全然違うのだ。『秒速』の落とし所はいわゆる「ビターエンド」であり、決してハッピーとは言えないものの、完全にバッドエンドとも言い切れないものとなっている。

そういった意味では巷で「君の名は。は新海さんらしくない作品だ」と言われているのもまぁ頷けるのかなと(他の新海誠の作品を見ていないけど。これを機に『言の葉の庭』も見ようかな)

スーパーで迷惑な客1位が一夜で更新された話

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こんにちは、シゲです!

これから書く内容はほとんど愚痴みたいなものなので嫌な方はスルーを推奨します。

 

スーパーでバイトしてたら色んなお客さんがいるわけですよ。最近では少子化が進んでいる影響か、おじいさんおばあさんがメイン層なんですが中には学生がジュースとお菓子を買いに来たり、夜になれば仕事終わりのサラリーマンさんが疲れた様子でビールと揚げ物というテンプレセットを購入したり。いやー、うまく言えないけれどスーパーのお客さんの対応しているとその人の「生活」までちょっと透けて見えるような、そんな不思議な感じがするんですよ。この人もこれから友達と一緒にアイス食うんだろうなーとか、あーこの子はガムを噛みながら帰宅するんだろうか、この人今日の夕飯はおでんなんだなぁとかそういう要領で。

 

 

しかしたまーに迷惑な客がいるわけだ。「ポイントカードお持ちですか」「レジ袋はご利用ですか」と尋ねてもノーコメントだったり、ありったけの小銭を出してきて計算合うように店員に数えさせたり。でもですよ、今回そんなレベルの「迷惑」はめちゃくちゃ可愛いな〜!もうハリネズミか!っ言いたくなるくらい可愛い可愛いかわい子ちゃんだと言うことが判明したのだ。

そう、「クレーマー」だ。いやー凄まじいですよ"あれ"は。見る限り家族連れの40代ですかね?2つの籠いっぱいに食材を詰めてやってきたわけですよ。絶対これ1つの籠じゃ足りないと思ったからもう一つさらに籠を加えて会計を通してたんだけど、そしたら急に「お前籠詰めろや!!!!」って怒鳴り始めるんです。いやもう、思わず「は?」と心の中で呟いてしまうわけだ。それで会計の籠にどんどん商品詰めていってたら今度は「なんだその詰め方は!!!」ですよ????いや、こっちこそ「なんだその言い方は!!!」ですよ!! 

 

今度はさらに「責任者呼べや!!!」はぁ…また面倒ごとだ。私はそこで自分から責任者を呼べば奴の思うツボだと思い「サービスカウンターにお越しくださいませ」と返答する。まぁ当然ながら「呼べいうとんねん!」って返ってくるんです。

「いや、ですからサービスカウンターへ(ry」「もうええわ!!!アホ面しよって!!!」

アホ面??!?、何ですかそれ?自分の事言ってるんですか???いや別に心の中でなら私の悪口はなんぼでも言ってもらって構いませんよ?それをわざわざ口にしなければ気が済まない、なんて器の狭い客なんだ…。

 

しかも周りの人も聞いてるわけですよ。そんなお客さんの怒号を聞いてだれがいい気分で買い物できるんだっちゅう話ですわ。

驚くことにもう一度言いますけどこの方、「家族連れ」ですよ??しかも子供も2,3人いるわけだ。挙げ句の果てに「おい、よー見とけよ!あんな奴になったらあかんぞ」と言われる始末、あの〜?それ全部ブーメランですけど???

何よりも子供が「あんたみてーになりたくねぇわ」って思ってますよ?

 

今回一番可哀想なのは子供ですよ。沸点の低すぎる親の元で育つ子供なんて可哀想すぎますよ。嫁さんも彼が怒鳴っている間、ずっとだんまりでなんだか彼の言いなりになってそうな方で、本当に不憫でならない。あんな方でも嫁さんがいて、子供つくって日本の少子化に貢献しているなんてすっげー胸糞悪い話ですわ。

 

後々聴いた話によると、そこのスーパーでは頻繁に現れてアルバイトの子たちに当たり散らしているみたいです。これじゃあ他のアルバイトの子があまりに可哀想だからマジで二度と来んな!って言いたくなりますよね。

サービス業って何なんですかね?スーパーではお客さんのストレスを発散させるサービスをやってる訳じゃないんですが…。

『がっこうぐらし!』はただのゾンビ物ではなかった

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こんにちは、シゲです!

がっこうぐらし!』の第一話を見たときの事を未だに覚えている。序盤からずーっとゆるふわな日常が描かれ、正直「変化がなさすぎてつまらない」と思ってしまった。私はそこでラスト数分の「あのシーン」を見ることなく電源を落としてしまったのだ。

翌朝、ツイッターのトレンドに「がっこうぐらし」というワードが浮上し、一瞬理解できなかった。「なぜあの”よくある日常アニメ”が話題になっているのだろうか」という疑問が浮かんだ。そしたらまぁ、みんな「一話のラストで全部持ってかれた!」とか「衝撃の展開」「視聴決定」だの色々言われていたわけですよ。何やら一話ラストに大きな”仕掛け”があったみたいで、途中で電源を落とした私は全く話題についていけず、最後まで見なかった事を激しく後悔した。

それからというものの、私は心の中で「がっこうぐらし舐めてましたごめんなさい」とスライディング土下座をかましながら2話以降を視聴したのだった。いや、だって普通あの「ゆるふわ学園もの」の本当の顔が「ゾンビ物」だなんて思わないはずですよ。私はそんな『がっこうぐらし!』が張った「日常系と見せかけたゾンビ物」という罠に見事にハマっちゃったんですよね。(ハマり過ぎて電源切っちゃったけど...。)

そんな数奇な?出会いをした『がっこうぐらし!』なのだが、改めて考えるとすごいアニメだなと思うわけですよ。今回はアニメ『がっこうぐらし!』が持つ特異性をとことん考えてみようと思います。

 

 

新日常系アニメとしての『がっこうぐらし!

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「新日常系アニメ」を聞いたことがあるだろうか。この言葉自体は『結城友奈は勇者である』のインタビューにて、MBSの前田俊博プロデューサーから初めて語られたものである。

 

日常系作品は「日常っていいよね」と共感しながら見る方も多いかと思いますが、「結城友奈は勇者である」は「日常っていいよね」と痛感しながら見る作品になっているのでは?と思っています。お知り合いにこの作品をオススメする際は「日常系(切実)」、「新日常系」などのタグを付けて紹介していただけると幸いです。

 

つまり、シリアス展開の中にあえて日常やギャグパートを描くことで「日常っていいなぁ(痛感)」といった具合に、「シリアスと日常を対比させることで、日常のありがたみを実感させる作風」のことを指す。『がっこうぐらし』はその典型例で、ゾンビが徘徊する「非日常」の中でなんとか由紀たちが「日常」を送ろうとする。

しかし『がっこうぐらし!』の場合、「非日常と日常の対比」がかなり色濃いというか、むしろ「日常」の部分があまりにも日常しすぎていてある意味”狂気じみて”いると感じられた。 この”狂気”を最初に視聴者へ提示したのがあの第一話ラストのシーンだったと考える。何の変哲もない学校でのやりとりが実は主人公・由紀の妄想であることが明かされたのだが、冷静に考えると「実はゾンビ物でした」よりも「これまでの日常パートはほとんど妄想でした」という事実の方が個人的には衝撃的だった。由紀の現実逃避は、後に大きなテーマとなってくる。

 

 

「信頼できない語り手」としての由紀

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由紀というキャラクターは非常によくできている。基本的に視聴者は「由紀視点」でストーリーを追うことになるのだが、それがまたミスリードを誘うわけだ。まさにアニメ版「叙述トリック」とでも言うべきか。叙述トリックの中でも、「信頼できない語り手」と呼ばれる技法がある。

 

信頼できない語り手(しんらいできないかたりて、信用できない語り手、英語: Unreliable narrator)は、小説や映画などで物語を進める手法の一つ(叙述トリックの一種)で、語り手(ナレーター、語り部)の信頼性を著しく低いものにすることにより、読者や観客を惑わせたりミスリードしたりするものである。

 

例えば 小説での語り手が子供ならば、誇張した表現で読者を惑わすかもしれない。記憶障害の語り手ならば時系列や出来事があやふやになり、ミスリードを誘う。がっこうぐらし!』では由紀が精神疾患の語り手」に近い状態であり、現在映っている景色や登場人物の存在が彼女の幻覚や妄想の可能性が高まり、本当にそこに”ある”のかが曖昧になっている。何が正しくて何が間違いなのか、視聴者には全くわからなくなる仕掛けだ。

ひぐらしのなく頃に』では雛見沢症候群と呼ばれる、被害妄想や幻覚を引き起こす風土病があった。鬼隠し編では病気を発症した前原圭一の視点で物語が進む。彼の行動にはある程度説得力があるので視聴者は「おかしいぞ」と思うことなく事は発展し、最終的に被害妄想に苛まれてレナと魅音を殺してしまい、ここでようやく我々は「圭一が狂っていた」と気付くのだ。

要するに一話でやりたかったことは『ひぐらし』の”それ”と似たことだと思っている。

 

一度、由紀の妄想癖が発覚すると視聴者は「もしかしてこれも妄想なんじゃ」と感じる他は無くなる。極端な例だが、考え方によっては由紀以外の全員が既に死んでいる可能性だってあるし、そもそも「舞台が学校」という前提すらも揺るがしかねないのだ。

色々と話題性のある一話だったが、見る者の視点を揺さぶるというだけでも作者の思惑通りだったのかもしれない。

 

「モラトリアムからの脱却」というテーマ

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妄想の学校生活を送る由紀なのだが、そんな中で大きな心の支えとなっていたのが「めぐねえ」なのだ。幼児退行する由紀にとってまるで母のような存在で、彼女にとって無くてはならない存在の1人だ。しかし中盤でみーくんが加わった頃に「めぐねえは既に死んでいる」事が明らかになる。第6話にて「めぐねえって一体誰ですか?」というみーくんの指摘を引き金とし、ラジオの軽快な音楽が急激に変調して不協和音と化す演出に心臓を掴まれる。

現実逃避をしていた由紀を支えていた存在そのものまで妄想の産物であると判明し、我々の嫌な予感が的中してしまうのだ。「めぐねえの死の判明」「学園生活部と由紀の共依存関係」この2つが6話で提示された大筋となる。

 

みーくんは由紀の妄想について、りーさんに「あのままではいけない、治さないと」という趣旨のセリフを投げかける。原作ではさらにそこへ「これじゃただの"共依存"じゃないですか」と続く。それに対しりーさんは「治るとか治らないとかの問題じゃない。今は由紀の調子に合わせてほしい」と返す。

学園生活部のみんなはこれまで由紀の妄想に付き合ってあげる事で彼女を支えていた。しかし、同時に学園生活部での楽しい日常は由紀の明るいテンションによって支えられていたのだ。由紀がいるおかげで支えられてきた「日常」が、みーくんの指摘によって崩壊してしまいそうになるわけだ。

一見すると「お互いに支え合っている」理想的な関係に見えるのだが、この状態はみーくんの言う通り「共依存」の関係である。そこでこの作品のテーマ「モラトリアムからの脱却」が提示される。幼児退行する由紀と、それを良くないと思いながらも由紀に合わせる以外の選択肢のない学園生活部。この両者が如何にして前に進めるか?がこのアニメの本筋だ。

 

がっこうぐらし!』の舞台が学校なのは決して偶然ではないのだ。「モラトリアム」と言えば社会に出るまでの猶予期間のことを指すが、「学校生活」そのものの事を指す場合も往々にしてある。このアニメの舞台「学校」は由紀と、学園生活部のみんなが学校の外へ出て新たな世界を切り開くという一筋のプロットで成り立っている。「ゾンビ要素」はパニック映画というよりはあくまでも「学校からの脱却」を理由づけるギミックとしての役割が色濃く感じ取られる。つまり『がっこうぐらし!』は単に「ゾンビもの」+「学園もの」という構成ではなく、「学園もの」をメインに添えて、「モラトリアムからの卒業」というテーマを自然に、時には衝撃的に描くために「ゾンビ」という要素をサブで加えたアニメだと私は考える。

 

だからこそ、最終回の放送室で由紀が発した「学校は好きだけど、いつかは終わる時が来る」というセリフは感慨深いのだ。めぐねえの死を受け入れられなかった彼女が、精神的な成長を成し遂げた瞬間なのだ。

なぜならば彼女自身、一番あの学校を愛していた存在だからだ。もちろん、学校を出た後に平和な生活が待っているとは限らないし、むしろより過酷な状況に追いやられる可能性がある。

それでも、由紀と学園生活部にとって心地よかった「学校」を出るという選択を選んだのは、外の世界で生きる事に価値を見出したからだろう。究極的に言えば、『がっこうぐらし!』はどんなアニメよりも「成長もの」であると言える。別に修行で強くなったりする訳ではないが、これほどまでに「精神的な成長」を描いた「成長アニメ」は中々無いだろう。

「なのは」の冠を外した『ViVid Strike!』女の子同士がガチで殴り合う、文字通りビビッドなアニメだった

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こんにちは、シゲです!

ViVid Strike!』をご存知だろうか。そう、なのはシリーズの系譜ながらも「なのは」の冠を外した昨年度のアニメである。いやもう、本当に(良くも悪くも)「挑戦した」作品としか言いようがない。まずは自分自身のなのは歴を見てみると、無印・A'sは視聴、ストライカーズだけ未だに視聴せず。そして2015年度に放送されたアニメ『なのはVivid』を見ているので、なのはシリーズに対する理解度は一応、"最低限度は"ある状態だ。

『なのは』シリーズはテーマに「友情」を置いている。宿敵との信念のぶつかり合いや様々なすれ違いを経て、最終的には諸悪の根源とも言えるラスボスを倒すために共闘するうちに友情を深める、という展開がなされる。無印はなのはとフェイトの確執から始まり、フェイトの記憶と出生の謎に迫り、最終的にはフェイトの母・プレシアの陰謀を打破する物語だ。『A's』では「はやて」という新キャラを添え、闇の書を巡り、ヴォルケンリッター一味との激しい抗争が繰り広げられる。

 

 『ViVid Strike!』は『なのはVivid』の主役である高町ヴィヴィオを脇役に添え、新キャラのフーカ・レヴェントンとリンネ・ベルリネッタというダブル主人公形式で物語が進められていく。しかし私個人として一番の見所はフィジカルに全振りした戦闘シーンだと思っている。『なのはvivid』を契機に、なのはシリーズでの戦闘はこれまでのように命をかけた「戦い」ではなく、「競技・試合」としての意味を持つようになった。なのはvividの段階から既に「魔法少女ではなく、もはや"格闘少女"だ」と散々言われていたが、『ViVid Strike!』はその"格闘少女"の側面をさらに強化したアニメだった。

 

例えば試合中の魔法の使用には制限があり、基本的には自らの肉体を武器に戦闘が行われる。また、なのはvividの時からそうであったが、試合に向けて筋トレをするシーンが幾度と描かれる(しかも今作については筋肉のつき方が無駄にリアル)。言っておくが、仮にも彼女たちは魔法少女なのだ。その魔法少女が勝つために筋肉を鍛えるというのが非常に"漢らしい"のだ。

もっと言えばリンネのコーチだったジルは、現役時にはあまり恵まれた肉体を持ち合わせておらず、度々体を故障して引退を余儀なくされたという。つまり『ViVid Strike!』において、「肉体」は魔法以上に強い意味を持つ要素なのだ。作中では度々「才能・資質」といったワードが出てくるが、ViVid Strike!においての才能とは「肉体」のことである。リンネが筋肉の鎧で相手の打撃を軽減したり、まさに筋肉はすべてを解決してくれる存在だったのだ。これほどまでにフィジカルに特化している本作は、まさに「魔法少女、辞めました」とも言えるアニメだ。

 

強さへの執着、あるいは狂信的な「強さ観」

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4話は衝撃的だった。リンネがあれほどまでに「強さ」を求め、勝ちにこだわり続ける理由が語られたエピソードだ。クラスメイト三人によるいじめが原因で、祖父のように慕っていたロイの死に目に会えなかったリンネが「弱い自分」を断ち切る為、いじめっ子達に報復をするあのシーンだ。自分の弱さゆえに誰も守れなかった事を悔やみ、屈折した「強さ観」を持つようになる。

実は私はこのシーンを見て内心スカッとした。そりゃあもちろん流血沙汰だからビックリしたのは事実だけど、いじめっ子を野放しにしてたら次に何されるか分からないし、やられっぱなしじゃ流石に胸糞悪すぎるのでリンネの行動には少しだけ共感できる部分がある。それは置いといて、リンネの強さの元である「強くならなければ何も守れない」という価値観は一見、彼女を成長させてるように見えるのだが、これがまた彼女をより複雑な形に拗らせることになるのだ。

 

さらにリンネにはもともと恵まれた肉体がある。つまり屈折した「強くなりたい」という思いと、「強くなれる身体」がベストマッチしていたわけだ。その資質とベストマッチ加減に目をつけたのが眼鏡コーチのジル・ストーラだ。ジルは上述の通り、現役時には自らの身体の恵まれなさ故に引退した過去がある。このことから才能・資質に対して異常なまでの執着心を持っているのだ。現役時に自分が成し遂げられなかった事を、リンネならやってくれる。リンネに対する狂信的な態度が見受けられた。

「強くなりたい」という思いと「強くなれる身体」、そこへさらに「強くしてくれるコーチ」が加わり、ベクトルの違った歪な"強さ観"がより強大なものへと膨れ上がってしまったのだ。それ故にフーカ達とのすれ違いはますます加速することになる。

 

露呈された「強さ観」の脆さ

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ミウラとの試合に勝利したリンネだが、格下の相手に二度もダウンを取られたことに焦りを感じる。そして8話、リンネに唯一黒星をつけたことのあるヴィヴィオとの試合が繰り広げられる。ずっと勝ち続けてきたリンネにとって、黒星をつけたヴィヴィオは自身の信じる「強さ観」を揺るがす存在だった。

ここで面白いのは、劇中でも明言されていたのだがヴィヴィオは大して身体的に恵まれているわけではない、という所だ。体力や筋力はリンネに大きく劣るのだが、自慢のスピードでカバーをして戦闘を優位に進め、結果的にリンネは因縁の敵ヴィヴィオに二度目の敗北をするのだ。ヴィヴィオに「試合を楽しんでいない」と指摘されたリンネ。そもそも彼女は「自分が強くなる」だけの為に筋トレや格闘技をしていた。

彼女の原動力は「弱ければ何もできない」「強くなければまた誰も救えなくなる」という強迫観念のようなものだった。ヴィヴィオに敗退したことをキッカケに、リンネを突き動かしていた「強さ観」は脆く崩れ去ってしまった。強さ観が崩壊すれば、リンネにとってもはや格闘技を続ける意味は無くなってしまう。なぜならばヴィヴィオと違い、彼女は格闘技を好きでやっているわけではないからだ。

 

同時に才能至上主義でリンネを指導してきたジルとの関係も危うくなる。上述の通り、リンネは「強くなりたいという思い」「強くなれる身体」「強くしてくれるコーチ」という三要素がうまくマッチしていたからここまで来れたのだ。ではその3つから「"強さ"に関わるもの」を全て抜いたらどうなるだろうか。そう、彼女にはもう何も残らなくなったのだ。

 

フーカとリンネの確執、そして歪な師弟関係の終着点

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まさかのヴィヴィオ勝利でフーカとの試合が不意になったと思われたが、アインハルトの「フーカとの試合に勝てばタイトルマッチを正式にやりますよ」という条件で、待ちに待ったフーカvsリンネの試合が行われる。初っ端から激しすぎる戦闘で、冷静に考えるとルーキーの癖にフーカ強すぎだろとツッコミを入れたくなるのだがそんな無粋なツッコミをさせる暇もなく、ただ勢いで見てしまう。ミウラやヴィヴィオ戦の時もそうだったが「おいおい本当に女の子が主役のアニメかよ」と言いたくなるくらい激しい殴り合いだ。ライバル同士が殴り合って信念をぶつける様はどこか『スクライド』を彷彿させる。

 

フーカは「ドブのような濁った」リンネの目を覚まさせる為に一発殴って喝を入れてやる!という何とも昭和チックというか、これまた他のアニメの名前を出すことになるが『グレンラガン』のカミナが「シモン!歯ぁ食いしばれぇ!」と喝を入れるシーンを思い浮かべてしまう。強烈な一撃をリンネに浴びせる。意識朦朧とする中、リンネはジルとの厳しい練習の日々を思い出し、歪な形ながらもしっかりと絆で結ばれていた事に気づく。リンネの持っていた「強さ観」は崩れたものの、ここに来るまでにコーチと共に積み上げてきたものは確かに今も存在しているのだ。屈折した師弟関係はようやく正しい形に収斂する。

激しい攻防の末、フーカが勝利する。気絶して倒れこむリンネの体を支えるフーカはまさにイケメンだった。才能・資質・強さに執着していたリンネはもうそこにはいない。拗らせまくっていたリンネを、殴って目を覚まさせたフーカ。非常に入り乱れた関係は「フーカのワンパン」で全て綺麗に解決したのだ。

 

ViVid Strike!』はまさにビビッドなアニメだった

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もはや魔法少女ではない『ViVid Strike!』、タイトルからもついに「魔法少女リリカルなのは」の部分が消えた作品だが、無印でのフェイト・A'sでのヴォルケンリッターのように「ライバルとの確執と、和解のプロセス」をきっちり描いていた点は他のなのはシリーズと共通している。

なのはから離れた部分ももちろんかなり目立った本作だが、なのはシリーズでずっと描き続けていた系譜は確かに受け継がれていた。

魔法少女からスポ根への大転換を成し遂げた『なのはvivid』、そこへさらに「圧倒的なフィジカル要素」と「複雑な師弟関係」を組み込んだ、文字通り新鮮なアニメだった。

運送会社『TMG』のCMがアバンギャルドすぎる件

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こんにちは、シゲです!

みなさんは通販でAmazonを利用したことはあるだろうか。注文の際に「○○(運送会社の名前)からお送りします」といった連絡が来るはずだが、その中でTMGという会社に見覚えがあるだろうか。実はこのTMGという会社は非常に”評判が悪い”のだ。以下にネイバー・togetterでまとめられていたものを抜粋して紹介する。

 

・在宅だったが2日「配達出来なかったので持ち帰りました」不在票無し。アマゾンにクレーム。テンプレ返事。三日目に届いたが遅れた理由は「家が分からなかった。やっと見つけた」。第一声が謝罪でなかった事にも驚く。平気で不在票は別の家に入れたかもと言うTMG、その返答を良しとするアマゾンもアウト。受注生産もの以外キャンセルした。

 

・運送会社は荷物を運ぶのが仕事なのに荷物が届かない。この時点で既におかしい。崩壊しとる。基本的な「お客様への連絡」が一切できてないのは会社としてどうなの?

 

・うわ最悪。Amazonで頼んだBlu-rayが遅いなーと思ったら、TMG便だった。この配達業者、家が見つからなかったからって平気で持ち帰ったりするし、遅延配達当たり前なんだよね。今も問い合わせたら5日に「持ち帰りました」とかになってるし。はあ。

 

AmazonTMG便で配送してくるんだけど配送業者がひどすぎてイライラ 荷物届けに来ても不在票入れるだけでピンポン鳴らさない どういうことやねん

 

などなど、「荷物が届かない」「客とのコミュニケーションの欠如」「対応の悪さ」など多くの粗を抱えた会社であることが見て取れる。もっと評判を知りたいという方はツイッターで検索すれば沢山出てくるのでそちらを参考にされたい。

私も一度Amazoniphoneケースを注文してTMGに当たったことがあり、まぁ運よく期日までに届いたわけですよ。しかし配達のお兄ちゃんの態度が悪いこと悪いこと!インターホンを鳴らされたから出たものの、兄ちゃんは私の方ではなく後ろを向いてなんと空を見上げているのだ!私が「すみません」と言ってようやく気付く始末だ。そして「ハンコお願いします」も何も言わず紙を押し付けるように渡す。

上記の例と比較すれば可愛いものだが、TMGの接客態度の悪さを身にしみて感じた瞬間だった。

そんなTMGだがこの10月から、実に7年ぶりのテレビCMを放映することになったのだが、もうその内容がカオスすぎるので有無を言わずにこちらの動画を見ていただきたい。一応音量に気をつけてください...。

 

youtu.be

 

お分かりいただけただろうか...。これまで放映されていた「てぃーえむ・てぃーえむ・てぃーえむじ~♪」とはえらい違いである。7年という長期間の中でTMGに一体何が起きたと言うのだろうか…。そして無駄にスタイリッシュな動きがシュールさを生んでいるほか、セリフが最後の「ティーエムジー⤵︎」以外発せられることなく終わるという非常に含蓄のある仕上がりだ。

 

 

このCMの発するメッセージとは何か

 

コマーシャルは視聴者に自社のサービスや商品の良さを伝える手段なのだが、このCMにはそういった意志が全く感じられない。「運転の上手さ」や「遊び心」をアピールしていたのだろうか?いや、私にはそう見えなかった。以前まで放映されていたCMでは「まごころ」をアピールしていたように見えたのだが、今のTMGは「まごころ」のカケラも感じられないサービスの悪さである。そんな悪評が広まり、安易に「まごころ」なぞ言えなくなってしまったTMG。つまりTMGにはアピールするポイントが無いのである。ずばり、このCMが我々に投げかけたのは「私たちはTMGです(それ以上でもそれ以下でもありません)」というある種の"自虐ネタ"なのである。

 

例えばこれが佐川急便のCMならば爽やかイケメンのお兄さんが笑顔を振りまいて「接客態度には自信があります!」とアピールしていただろうし、ヤマト運輸のCMならば匿名配送編・産地直送編・ロッカー受け取り編の3種があり、利便性をアピールしている。それを考えるとTMGのCMから発せられる”特異さ”が際立っているように感じる。

だってトラックがダンスするんですよ?運送会社で一番アピールすべき「お客様への対応」や「運送の速さ・正確さ」を差し置いて、(言い方は悪いが)私たちにとってどうでもいい車ダンスを披露してしまうのだ。ハッキリ言って正気じゃありませんよ。

もっと言えば運転している人も渋いおっちゃんであり、佐川のような爽やかイケメンとは程遠い存在だ。悪評が広まり、「まごころ」など言ってられなくなったTMG。これからどうなることやら...。

 

アニメブログのつもりなのにまた関係ない記事を書いてしまった。次の記事は過去のアニメ評やります。

『何者』は一周回って何回も見たくなる作品だった

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こんにちは、シゲです!

映画『何者』、本当にハラハラする作品だった。ハラハラの大きな要因として「SNSの恐ろしさ」と「就活」の2つの軸がある。SNSについては非常にナウい要素であり、よくある充実アピールや裏垢の存在など、今の若者たちに「あるある!」という共感を生み出していた。さらに「就活」に至ってはこれから経験する大学生ほか、もう既に就職して働いている人にも「俺の時もこんな感じだったな〜」と感じさせる。

 

つまりSNSも就活も「強い共感」を生むのに活かされていたな、と。それが映画『何者』の最大の特徴である。そしてSNSと就活の二要素が劇中で思わぬ「共通点」が提示された。今回は主にその事について書いていきたいと思う。そんな『何者』が如何に我々の胃にダイレクトアタックを成し遂げたのかを見ていきたい。

 

 

二宮拓人は典型的な「ひねくれ主人公」

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まずもって主人公がめちゃくちゃ捻くれてるんですよね。ライトノベルで言ったら「やれやれ系」であったり、ちょっと斜に構えて物を見ている人間だ。そしてそんな自分を「冷静」である、と強く思い込んでいる。これがもしアニメならば何故かモテてハーレムだったり、主人公補正で事がうまく進んだりしていたかもしれない。

 

しかし『何者』では「主人公補正」などというものは全くもって存在しない。物語序盤では就活をダウトに例えたり、理香を「学級委員がそのまま大学生になったみたい」と冷静に分析してる風を見せ、瑞樹と光太郎から「分析が冴えるな〜!」と言われていたのだが終盤でボロが出まくる。理香が指摘したように彼は単に人を嘲笑っているだけであり、自分自身は何の努力もしない所謂クズ主人公である。

そしてそんなクズ具合は誰にだって伝わっている、と理香に指摘され狼狽する。極め付けには「そんな人、どこの会社も欲しいと思うわけないじゃん」と言われる始末。

 

 

『何者』の凄いところは「主人公補正」なんていうご都合主義を徹底的に排除しているところだ。安易にラノベと比較するのは間違いかもしれないけれど、ラノベだったら絶対拓人は持ち上げられていたと思う。その冷静を装って人を分析する様も、もしかしたら作品の中では「良し!」とされて拓人マンセー状態になっていたかもしれない。

拓人という人物は正直、みんなから嫌われるタイプのキャラである。Twitterの裏垢で悪口を言いまくったり、人のツイートを見て嘲笑ったり、そうした「闇」の部分は理香やサワ先輩が指摘してくれる。この「主人公の行動を咎める」事を、決して手を抜かずに描いていたのが私としてはめちゃくちゃ嬉しいのだ。駄目なところを「駄目だよ」と言ってくれる人間がきちんと作中で活かされているため、個人的にはよく言われる「ドロドロ感」というものはそこまで強くは感じなかった。むしろ拓人に指摘するシーンを見て思わずスカッとしてしまったのだ。

 

 

信念のある者だけが生き残る

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ここまで拓人について掘り下げてきたが、本作では登場人物を分かりやすく「ハッピーエンド組」と「バッドエンド組」の2つに分ける事ができる。まずもってハッピーエンド組とは光太郎・瑞樹・ギンジの3人を指す。バッドエンド組は拓人・理香・隆良だ。

 

ハッピーエンド組に共通していることは「軸がブレなかった」ということ。光太郎は志望動機こそ、自分の恋人に会いたい!という褒められたようなものではないが、間違いなく彼には「そこへ就職したい!」という強い信念があったに違いない。光太郎は言って仕舞えばチャラ男で頭の悪そうな奴なのだが、ああ見えて自分の考えはしっかりと持っているので非常に好きなキャラである。彼の素直で何事にも全力で取り組む姿勢は社会に評価されて然るべきであった。そして何より光太郎のキャラは『何者』の中でもかなり特異だ。腹の探り合いや価値観のすれ違いが度々描かれる中、彼だけは天真爛漫で「いい意味でのアホ」だった。彼のおかげで『何者』の殺伐とした空気感はある程度緩和され、ストレスフルな作風でありながらもある種の「逃げ場」を設けてくれた存在なのだ。

 

瑞樹についても、彼女の肩書き「地道素直系女子」の通り「凄い!」と素直な感情を出せる人間だった。例えば序盤で飲み会の集金をするサークルの女子に対して「ああいう面倒ごとを自分からやろう!と思えるのはすごいよね!」という発言や、演劇の脚本を書く拓人に対する「すごい!」など物事を斜に構えて見る拓人と対を成すように、彼女は純粋な目で物を捉えられるキャラである。

さらに瑞樹には「母を支えなければならない」という大きな課題があった。普通母は子供を支える存在であるが、色々と事情があり今度は自分が母の世話をする番になる。その為にはまず、出来る限り大きな会社に就職をしなければならなかった。結果として本作で一番最初に就職に成功したのだ。

彼女が一番乗りで就職できたのはやはり、「一番最初に"大人に"なれた」という事になるのだろう。

 

ギンジについては上2人とは違い、「就職」という道を選ばなかった存在である。拓人と口論になった際「俺は舞台の上で生きる」ことを宣言した。もちろんそうして生きていくことは簡単にはいかないはずだが、彼の心にも間違いなく「信念」が燃えていたことだろう。おそらく殆どの人が「就職を良し」とする中で「舞台で生きる」という選択は、一見するとレールから外れたようなイメージを持つかもしれない。確かに、仮に彼の劇がウケそれを生業にして生きていこうとしても、その勢いが長年続くとは限らない。しかしながらそんな茨の道を、強い意志を持って選択した彼の行動は褒められるべきだろう。彼にとって「自分らしい生き方」は就職ではなく、劇団の中で生きることだったのだ。作中で拓人が「ギンジと隆良は似てる」と言及したが、隆良とは比較にならない決断力と信念である。彼もまた、演劇の道に進む覚悟がなく何となくで就職の道を選択した拓人と対をなす存在だ。

 

 

人間の醜悪な部分を押し固めてできた「バッドエンド組」

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何者で一番美味しい部位はバッドエンド組の他はあるまい。むしろバッドエンド組を見るための映画といっても差し支えない。三人に共通するのは「自分を"自分たらしめる"努力をできなかった事」。これに尽きる。

グループディスカッションでも「私は!私は!」の一点張りや多くの肩書きで自分をアピールするあまり、もはや何者なのかすら分からなくなった理香。「就活なんて時代遅れでこれからは"孤"の時代だ!」と豪語したものの結果的に周りに流されて就活をするようになり、誰よりも軸がブレブレだった空想クリエイター系男子の隆良。そして上で述べた通り人を「冷静な分析」と称して裏で嘲笑う癖に、自分のことは全く分かっていなかった拓人。

 

この三人は見事なまでに人間の負の側面を体現したものであった。と同時にこれから来る就活への反面教師として活きていたのだ。いや確かに彼らは彼らなりに頑張っていたというのは分かる。しかし三人の根底にあったのは「他人を見下す心理」だった。一見、人間の汚い部分がごった煮で合わさったように感じる『何者』だが、「ひたむきに頑張るものだけが生き残る」という極めてシンプルな落とし所だったと感じている。

頑張る者を見下したりバカにするような人は、いずれ自分の首を絞めることになる。なんて単純明快な着地点なのだろう。「就活がテーマ」「もう二度と見たくなくなる」と聞いていてものすごく身構えて見ていたのだが、むしろこの着地は非常にスカッとする上に何度も何度も見てしまいたくなる綺麗さだ。

 

 本質的にSNSと就活は似ているのでは?というテーマ

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『何者』において、SNSは非常に強い共感を生む仕掛けだったと最初に述べた。ツイッターだけを見て「隆良とギンジは似てる」と切り捨てようとする拓人に対してサワ先輩は「ギンジと隆良は全然違う。たった140字の集まりで片付けようとするな」と叱責するシーンがある。

つまり、たった140字の集まりだけじゃその人の事など何にも分かるはずがないだろう、と言っているのだ。確かに我々もツイッターを遡ることで「この人はこんな性格なのか」と簡単に判断してしまいがちで、言葉の裏にある人格にまで考慮できていないかもしれない。なのでこのセリフは拓人というよりも我々に向けたセリフとも取れる。

 

しかし、私はこのセリフからSNSとは別のことを指摘しているように感じた。アバンで拓人が「面接ではツイッターの140字と同じく、限られた時間で自分を表現する必要がある」と言っていたが、これは「就活とSNSは似ている」ということをダイレクトに表したセリフのように感じるのだ。つまりサワ先輩の「たった140字で人を判断するな」はそのまま就活にも同じことが言えるのではないか、と私は考えた。

何が言いたいかというと、「たった140字で判断するツイッター」と「たった数分間の面接で判断する就活」は本質的に同じなのではないか?という事である。

 

つまり、サワ先輩の「ほんのちょっとでも、言葉の裏にある人格に目を向けろ」というセリフはSNS云々の問題ではなく「就活システムに対する疑問」なのではないだろうか。SNSへの警鐘を鳴らしたように見える『何者』だが、見方を変えれば就活システムへの痛烈な風刺とも取れてしまう。本当に噛めば噛むほど味わい深いスルメ映画だった。

ムシキングのショルダーネームでランキング作ってみた

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こんにちは、シゲです!

ムシキングが最近すごい方向に進化していると話題になっている。私自身、現在は新ムシキングをプレイしているわけではないが旧作ファンとしてはこのまま長く愛されるコンテンツになってほしいなと。

ムシキングブーム」と呼ばれた時期は2003年〜2008年の間だった。ちょうどアダー完結編以前のシステムで稼働していた時期だ。私がムシキングにハマっていたのは2004年の夏からアダー完結編が稼働終了した年の2009年までの間だったので、生粋のムシキングオタクだったと自負している。小学生時代をガッツリと「ムシキングブーム」の中で過ごしてきたので、やはり当コンテンツへの思い入れは人一倍ある。

 

 そんなムシキングの特徴と言えるのが、ムシ毎に付けられている「ショルダーネーム」のハイセンスっぷりなんですよね。もう、めちゃくちゃ(良くも悪くも)印象的だ。今回は参戦ムシのショルダーネームと、そのムシの解説をランキング形式で紹介したいと思う。ベスト15から見ていこう。

 

15位〜11位

15位 いぶし銀の戦士・タイゴホンヅノカブト

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小学生のころに「いぶし銀」なんて言われても何のこっちゃわからんのだが、「影で活躍する奴」という意味を知ってからその渋カッコよさに惚れてしまった。

タイゴホンヅノカブトの図鑑説明では「ゴホンヅノカブトの仲間にしては地味」と散々な言われようである。何となく悪魔っぽいフォルムが個人的にはお気に入り。ちなみにこいつの鳴き声は『龍の歯医者』でガッツリ使われていた。

 

14位 幻の巨神・ネプチューンオオカブト

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ヘラクレスオオカブト系が「伝説」ならばこちらは「幻」という対の関係なのだろうか。名前も見た目もめちゃくちゃカッコよく、ヘラクレスに次いで世界で二番目に大きいカブトムシ。なのだが、旧作でのつよさは160。近縁種でより小柄なサタンオオカブトのつよさ180にすら劣る不遇っぷりだった。(新作では最高ランクに昇格しているらしいが…)ちなみに私が一番気に入っているカブトムシがネプチューンなので、今後の活躍に期待。また、さすらいのムシマスター・ムシキングジョニーの相棒でもある。

 

13位 ダンシングビート・マンディブラリスミツノサイカブト

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こいつの必殺技・ヘッドスピンラッシュは何気にお気に入りの技だったりする。「ビート」と「ビートル」を掛けているのが高いポイントだ。マンディブラリスとは「巨大な大アゴ(クワガタのハサミのこと)」を指すはずなのだが、こいつにはそんなものは見当たらない。三本の角は全て胸の角なので動かすことはできない。ずんぐりしてて可愛らしく、個人的に一番好きな小型甲虫だ。

 

12位 悲劇の反逆者・ダビディスカブト

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ルルーシュっぽいショルダーネームで最高に厨二だ。どの辺が「悲劇」なのか理解に苦しむが響きだけはカッコいい。日本のカブトムシとよく似ているが、頭の角に突起があり、体は黒く艶があるのが特徴。たぶん日本のカブトムシと近い種類のはず…。

 

11位 怒れる風神・クロパプアサンボンヅノカブト

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サンボンヅノカブトの亜種だと思う。必殺技「フウジン」は羽ばたいた時の風で相手を吹き飛ばすという変わった技。つよさ120・必殺技がパー・ディフェンスタイプという、事実上のサンボンヅノカブトの焼き直しなので手抜き感が否めない。ムシキングにはこいつだけに限らず、ガワだけ変えてステータスが全く同じムシが多数存在する。アダー完結編では仕様変更されて無くなったけど。

 

10位〜6位

10位 静かなる鬼神・ヒメゴホンヅノカブト

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ゴホンヅノカブト属で唯一、小型甲虫でないムシ。ショルダーネームの「静かなる」の通り、ゴホンヅノカブト属は見た目に反してほとんどケンカをしない。こいつは「ゴホンヅノカブト」よりも小さい種のはずなのに何故かつよさは140という謎の優遇っぷり。必殺技「ダイブボンバー」は小学館の「ムシキング新技コンテスト」で選ばれた技だ。

 

9位 革命の刃・アルケスツヤクワガタ

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説明文によると黒一色のツヤクワガタの中では最大とされているが、インターメディアツヤクワガタがいるので間違いである。ショルダーネームがなんとなくセイバーっぽくてかっこいい。つよさ160のスーパーアタックタイプなので、攻撃力だけ見ればつよさ200のマンディブラリスと同等。耐久は紙。技名「サイズ」はムシキングで最も短い三文字である。(二番目はおそらく「ダンガン」と「フウジン」か?)

 

8位 紅の忍者・アカアシクワガタ

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ようやく我らが日本のクワガタムシの登場だ。アカアシクワガタはオオクワガタ・ヒラタクワガタ属と同じ「ドルクス属」の仲間である。ショルダーネームだけで何の虫なのかが分かるので高ポイントをつけた。ムシキングでは必殺技「キリガクレ」など忍者キャラで通っている。

大きさはコクワガタとほぼ同じで、タッグマッチでコクワガタと組ませると「ジャパニーズスーパージュニア」という特別なコンビになる。

 

7位 ヴァガブント・オオツヤヒサシサイカブト

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アダー完結編から参戦した新参者。「ヴァガブント」とはバガボンドの英語読みで「放浪者」という意味。オオツノメンガタカブトというこいつにそっくりなカブトムシがいるのでややこしい。この虫はめちゃくちゃマイナーなのであまり画像検索しても出てこない。サイカブト属にしてはめずらしく必殺技がパー。

 

6位 最強の軍神マルスゾウカブト

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ここにきてようやく大型甲虫の登場。旧ムシキングでは一番最後に登場した大型甲虫。こいつの登場によってオウゴンオニの復活が遅れたのは有名な話。有名な割にムシキングへの参戦が遅い。リアルでのカブト・クワガタバトル番組ではアクティオンやエレファスを差し置いて度々参戦するので動画を探してみるといい。ショルダーネーム「軍神」のとおり、ローマ神話軍神マルスが名前の由来。

 

番外編 ショルダーネームもっと頑張れよ!ランキング 

 

残り5位の発表の前に、こいつもっとショルダーネーム考えてやれよ!とツッコミたくなるやつらを紹介したい。分かりやすく全員アダーコレクションの画像にしているが、たまたまアダーコレクションのあるムシに偏っただけであり、アダーコレクションの中から選んだ訳ではないのでご了承ください。

 

5位 最強のオオクワ・グランディスオオクワガタ

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世界最大のオオクワガタ。大型甲虫にしては珍しくディフェンス系統の性格。いやまぁ、確かに「最強のオオクワ」は間違いではないんだろうけどそもそも「オオクワ」という響きがあんまりカッコよくない。「最強のオオクワガタ」ならばシンプルで良いのに惜しい。旧作においてオオクワガタ属の中で最もレアリティが高いほか、唯一のレアカード(つよさ160以上)だったりする。こいつの鳴き声をワントーン上げるとヘラクレスリッキーブルーになる。

 

4位 飛べないアラワシ・ミクラミヤマクワガタ

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ムシキングにおいてムナコブクワガタに次いで二番目に小さいムシ。現実のミクラミヤマクワガタは本当に空を飛ぶことができないから「飛べないアラワシ」としたのだろうが、必殺技「サーフィンライド」では何を間違ったのか思いっきり飛んでいる。つまり、ショルダーネームとガッツリ矛盾しているので大きなマイナスポイントだ。小さい割に気性が荒い。

 

3位 ブラジルの謎・アヌビスゾウカブト

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謎って何なんですかねぇ…。アヌビスと聞いたらみんなパズドラしか出てこないだろうけど、私の場合はアヌビスといえばこいつだ。「ブラジルの」までは思いついたけどネタがなくて苦し紛れに「謎」を付け加えた感がハンパない。ゾウカブト属で唯一、レアリティがノーマルである。タッグマッチではつよさ160・ディフェンスタイプの「ギアスゾウカブト」と組ませるとちょうど良い。余談だがカウントダウン時のショートボイスがキモい。

 

2位 錆色兜・サビイロカブト

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大事な事なので二回言いました、ではない。サビイロカブトのショルダーネームはまさかの「サビイロカブト」もはや手抜きというレベルではない。新ムシキングでは「古来よりの荒武者」に変更された。日本のカブトムシもかつてこいつと同じアロミリナ属とされていたのだが、近年では日本のカブトムシの方が独立したので一属一種になってしまった。『ザックの冒険編』では暗黒甲虫として登場し、カブト丸をガチで殺しにかかるのですげー印象的だった。

 

1位 迫力顔面・ミヤマクワガタ

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シンプルにダサさを考えたらやはり一位はこいつで文句なしだろう。ミヤマクワガタ属は頭部が立体的に張り出しているのが特徴で、ショルダーネームもそれを表したつもりなのだろうが…。それでもダサい。近年では日本でミヤマクワガタの数が減ってきているのが問題視されている。つよさこそ140だが、現実ではノコギリクワガタにすら負けてしまうらしい。しかもこれはどっかの研究で実際に戦わせて統計を取った結果なので、ノコギリクワガタ>ミヤマクワガタという図式が成り立ってしまって何とも言えない虚無感がある。

 

5位〜1位

 

本題に戻ろう。趣味満載のランキングもようやく残り5位となった。ここからも盛り上がるはずなので最後まで付き合っていただきたいw

 

5位 南洋の錬金術師・ウォレスノコギリクワガタ

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まず「錬金術師」ってのがカッコいい。ウォレスノコギリクワガタのメタリックなボディから「錬金術」を連想したのだろうか。なんだか等価交換してそうなショルダーネームである。ノコギリクワガタにしては体がガッチリとしているので割と人気の種類だったりする。「スーパーコレクション」では最終面で小型甲虫でありながらつよさ170で登場するので焦ったプレイヤーも多いはず。

 

4位 北米の将軍・グラントシロカブト

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ネブ博士の相棒。皆も真似をして「あいこやぶり・スーパートルネードスロー・最後の力」をカスタマイズした記憶があるのではなかろうか。「グラント」とは長らく将軍の名前が由来と考えられていたのだが近年ではこいつの生息地であるアリゾナ州を表す「Fort Grant」が有力説となっているらしい。北アメリカの人にとってカブトムシは「白いもの」という認識だとか。ちなみにアメリカから南に行くほどヒルスシロカブト→ヘラクレスオオカブトと生息するカブトムシがデカくなっていく。

 

3位 太閤殿下・ルイスツノヒョウタンクワガタ

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こんな名前でこんな見た目だが一応日本のクワガタムシ。太閤殿下は豊臣秀吉のことだった気がする。アダー完結編で初出したムシで、ムシキング参戦ムシとしてはムナコブクワガタを抜いて最も小さい体長23mmを記録。ステータスが低すぎて使いにくい。アダー完結編ではこいつに限らず日本産のムシは意図的に弱く設定されている。必殺技が無駄にかっこいい。

 

2位 ステルス戦士・ヒラタクワガタ

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またも日本ムシがランクイン。「ステルス」がミリタリー感満載でハートを掴まれる。おそらくヒラタクワガタの木の隙間に隠れる習性からとったものだろう。ロケテスト番ではつよさ140で必殺技が「ローリングクラッチホールド」という、ミヤマクワガタの前世だった。本稼働した際にはつよさ120に降格。どうでもいいが、本稼働後にも関わらず2003年春(最初期)でのローリングクラッチホールドのイラストはミヤマクワガタではなくこいつになっている。

 

1位 闘将飛龍・ヘルマンミヤマクワガタ

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闘将飛龍、意味は分からないけど響きがかっこいい。ムシキング五周年記念で登場したため、旧ムシキングでは一番最後に登場したムシの1つである。小型甲虫にしては92mmと、エラフスホソアカクワガタの100mmに次いで二番目のデカさ。ムシキングにおいてミヤマクワガタ属はどういう訳かあまり充実しておらず、ミクラミヤマクワガタの登場から2年も空いてしまった。同時にミヤマクワガタ属で唯一のアタックタイプ以外の性格。

 

 

ランキングの雑感とまとめ

まずもって、普通に「好きな虫ランキング」にしなかったのは理由があります。やはり好きな虫だとコーカサス、パラワンとかに偏って意外性が無くなってしまうからである。そうなると必然的に大型甲虫ばかりになり、面白い小型甲虫にスポットが当たらなくなってしまう。そんな時に「ショルダーネームのかっこよさ」という観点からランキング付けたら面白いのでは?と思ったのが事の発端。

 

結果的にダビディスカブトとかオオツヤヒサシサイカブトみたいなドマイナーな虫を紹介できたので満足である。それだけでなくムシキングの歴史を簡単に復習できたので懐かしい気分になりました。これを期に「ムシキングいいな」って思ってくれれば一番ですね。長々とお付き合いありがとうございます。

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