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シゲの鑑賞日記(仮)

主に趣味(アニメ、仮面ライダー、ポケモンなど)を自由気ままに語りますヾ(๑╹◡╹)ノ" 特に、アニメの感想などをつらつらと書いていくつもりです^ ^

『アクセルワールド』と『ソードアート・オンライン』はどこで差が生まれたのか

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こんにちは!シゲです(╹◡╹)

ソードアート・オンライン』の劇場版が公開されてだいぶ経ちましたね!mステでもLiSAさんが主題歌を歌っていたのが印象的でした!皆さんはもう見に行きましたか?!私は結局見に行かずじまいでしたが…

今回は川原礫氏の代表作、『ソードアート・オンライン』(以下、SAO)と『アクセルワールド』を比較していきたいと思います!

 

まずは両者の共通点から見てみよう。設定としてまず挙げられるのは「仮想世界」の存在である。「異世界転生もの」では使い古された舞台だが両者は「ゲーム」という媒体を通した世界である、という事が他の作品とは一線を引いている部分である。この「ゲーム」設定は創作においてかなり融通が利くものだと思っている。

同じ「異世界転生もの」の中には「現実と異世界とのギャップ」が不自然に映る作品が多いと感じている。(転生前はニートなのに強いなど…)

そこで「ゲームの世界」は、この「現実と異世界とのギャップ」に感じる違和感を完全に解消できる1つの要素であると私は考える。

両作品の主人公は「生粋のゲーマー」である。なのである程度、「ゲームの世界」へ移動してもその強さには説得力があるように感じる。

最近放送していた『幼女戦記』は異世界転生ものの中でも「主人公は管理職のサラリーマン」という設定があるため、転生後のあの戦略家っぷりには十分頷けると言えるだろう。

このように、「主人公の強さに十分な理由づけがされている」という事が異世界転生ものでは重要なのではないか、と考える。その理由づけに「ゲームの世界」というものは非常に便利だったのだ。

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そして、「仮想世界」だけでなく「現実世界」と並行してストーリーが進んでいくのも両作品の特徴である。『SAO』における直葉とアスナを巡った問題、『アクセルワールド』の友達同士のすれ違いや能美の陰謀など。こうした「仮想世界」と「現実世界」を頻繁に切り替えてストーリーを展開できるのも、ゲームの「ログイン」「ログアウト」という手軽さを上手く使った結果と言えるだろう。

 

ここまでが『SAO』と『アクセルワールド』の共通点である。それでは次に、両作品の相違点を比べてみよう。

まずは主人公の特徴。

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『SAO』のキリト

・「イケメン」とは名言されていないが、中性的で整った顔立ち

・「βテスター」なので最初から活躍できるほどの強さ

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対する『アクセルワールド』のハルユキは

・太っていていじめられっ子

・ゲーマーではあるものの、序盤から苦戦が目立つ

という風に真逆の性質を持つ主人公である。

主人公の性質が違えば当然、ストーリーの運びも異なってくる。

『SAO』

・基本的には「主人公最強系」のストーリー

アインクラッド編、GGO編、マザーズロザリオ編のユウキように、「死」と隣り合わせで緊迫した話が多い

・ヒロインを掘り下げる話が多い

 

アクセルワールド

・いじめられっ子が這い上がる「成長もの」のストーリー

・友達とのすれ違いやいじめなどの、人間関係のいざこざが目立った作風で、ドロドロとした雰囲気を感じる

・話の大筋をメインで描いているので、ヒロインを掘り下げる話は『SAO』ほど多くない。

 

ここまで比較していると世界観自体は共通で似た設定ではあるものの、話の方向性としては全く逆である事が分かってくる。

 

 では何故『SAO』の方が人気が出たのだろうか。それは勿論、『SAO』のストーリーの方がウケが良かったからだろう。

「主人公最強系」は苦戦する展開が少ないのでストレスなく見れる上、「修行」や「挫折」といった部分も必然的に少なくなるので話のテンポも良くなる。

また『SAO』はただの「主人公最強系」ではなく月夜の黒猫団でのサチの死や、GGO編で語られた「ラフコフの一員を殺した罪悪感」などの主人公が苦悩する場面もしっかりと描かれていた点も評価できるだろう。

 

また、アスナだけでなく直葉やリズのように、他のヒロイン達との絡みなど「切ない恋愛要素」が散見されたのもキャラを掘り下げる上で重要だったと感じている。

そして上でも述べた「死と隣り合わせ」な展開は「ゲーム」という自由の利く要素を扱いながらも、常に緊迫したシーンを描く事を同時に達成した"上手い"作品であった。まさに「これは、ゲームであっても遊びでない」というキャッチコピーを体現したアニメだと言える。

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対する『アクセルワールド』は一言で言えば「成長もの」である。成長ものの作品は古くからの王道展開ではあるが、深夜アニメでは良くても2クール、ほとんどは1クールという制約がある。それも相まって「成長もの」という尺を多くとるような作品は最近の深夜アニメでは作りづらいジャンルなのかもしれない。

また「いじめ」という 心に刺さるようなテーマを扱っているため、見るのにかなり精神を消耗していまう作品だったなと思う。アニメだろうがいじめのシーンは見るのが辛い!という人も当然多かっただろう。

つまり、"気軽に見れるアニメ"とは到底言えないような作風であった。これも『アクセルワールド』が『SAO』と比べてウケなかった理由の1つであると考える。

 

「成長もの」の作品のデメリットが浮き彫りになったアニメだった。最終的には能美を倒してスカッとジャパン状態でハッピーエンドなのだが正直、能美を倒すまでの道のりが長すぎた感が否めなかった。

ハッピーエンドに至るまでがあまりにハードな展開すぎて見るのがしんどい上、しかもそのハードな展開をかなり引き伸ばしてきたのだ。その分、倒した後のスカッと感が半端なかったのだがそれにしても引っ張りすぎな印象だった。

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 ここまで批判ばかり書いてきたが、何も悪い部分ばかりの作品ではない。

実のところ、私は『SAO』よりも『アクセルワールド』の方がお気に入りである。『SAO』以降、主人公最強系アニメが多くなってある種の「マンネリ」を感じていたため、純粋な「成長もの」アニメを見てかなり楽しむことができたのも事実である!

心意システム、スカイレイカーやアッシュローラーとの絡みなど「成長もの」の必須条件である「挫折から立ち上がる」描写もしっかりと描かれていたのでそこは個人的に好感が持てる部分である。アッシュさんがいい人すぎて泣いてしまったのも記憶に新しい!

また、「加速世界」という設定も「限界を越える」という本作品のメッセージを提示する上でかなり重要な役割であったと思う。「もっと先へ、加速してみたくはないか?少年」という黒雪姫のセリフはまさにこの物語がどういうものなのかを表している。

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総じて、いいアニメなのだがやはり「成長もの」のマイナスな要素も見え隠れしていたなと感じる作品だった。

『SAO』と『アクセルワールド』世界観は同じで話の方向性が真逆な2作品は、やはり"作品の見やすさ"が差を生み出したのではないかと考える。一般受けするのが『SAO』だとしたら『アクセルワールド』はややコアなファン向けと言うべきなのか…。

 

「主人公最強系アニメ」は『SAO』以降、『魔法科高校の劣等生』『オーバーロード』『ワンパンマン』と数々のヒット作に共通するジャンルへとなった。やはり時代は今、「主人公最強系」に落ち着くのかもしれない。

アニメまで「即戦力」が求められる時代になったという事なのだろうか…。

 

『Angel Beats!』の仲村ゆりはいかに完璧な去り方をしたか

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こんにちは!シゲです(^^)

今日何気なく、ずっと前に録画していたAngel Beats!の12話と最終回を観ていたら「仲村ゆり」というキャラが本作品においてどれほど重要な人物であったのかを改めて知らされた…!

今回は麻枝准の名作、『Angel Beats!』について、特にゆりっぺこと「仲村ゆり」というキャラを掘り下げて語りたいと思います!

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まずはこのAngel Beats!がkey関連作品の中でどういった位置づけだったのかを見ていく。私自身、この作品は歴代keyアニメの中でも「新しい進化を遂げたkey」という言葉がしっくり来ると思っている。というのも、Angel Beats!以前と以後ではkey作品のカラーが変わってきたという印象を抱いたからだ。

 

これまでの『kanon』『AIR』『CLANNAD』はゲーム自体の古さもあり、良くも悪くも90年代アニメのようなキャラデザであった。そしてテーマもそれぞれ冬、夏、春を表していて季節感が全面的に出ている作品だった。

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ゲームの発売時系列ではこの後に『リトルバスターズ!』が来る。キャラデザに大きな転換が見られるのはリトルバスターズからである。が、基本的には1キャラ1ルートの『個別ルート型ドラマ』というスタンスは守られてきた。

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Angel Beats!ではどうだろうか。キャラデザ面でも今風(と言ってももう7年前の作品だが…時が経つのが早すぎて驚く!)で、キャラクター自体の数も多く、第1話の時点で強烈なパンチを浴びせられたようなインパクトを感じた!

また、今までの『個別ルート型ドラマ』も一部使われているが尺の関係上主要人物にしぼり、後は「この世界と神の存在」を巡るという話の本筋を描いていくスタイルであった。

 そして『ガルデモ』のバンド要素など、当時けいおんが流行っていた事もあり、流行の要素を取り入れた部分も見られる。この音楽要素は後に『charlotte』にも引き継がれてゆく。

 

設定もこれまでのkey作品では「キャラクターが劇中で死ぬ」描写を使って視聴者を泣かせる演出が多様されていたが、今回ではなんと「死後の世界」。最初からキャラクターが全員死んでいるというスタートである!麻枝准自身もこれまでの「死」というテーマの陳腐化に悩んだ結果、「最初から死んでいる」という設定に行き着いたという。

 

key作品の中でも新しい挑戦をしたAngel Beats!だったが、これまでのkey作品で恒例だった『野球要素』や、リトルバスターズで見せた『キャラクター消滅のカタルシス』については色濃く型を残していると思う。

つまり新要素に足を踏み入れながらも、過去のkey作品をオマージュした伝統的な部分を取り入れた「ハイブリッドな作品」だったと感じている!(それ故に色々取り入れすぎて消化不足になった所も無視できないが…)

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長々と前置きを書いてきたが、本題に入ろうw

私はタイトルで「仲村ゆり」の去り際が完璧だったと述べた。「メインヒロインなのにあっけなく消えたのが納得いかない!」という意見が多数であると思う(そういう気持ちももちろん分かる!)が、あえて私は「完璧」であると宣言したい!

 

この作品が提示したテーマは「自分の人生は何ものにも変えられない」というものであった。そのテーマを描く上で最も重要な人物が「仲村ゆり」だったと思っている。

特に12話では彼女の心の葛藤が端的に描かれている。影に取り憑かれそうになった時に、楽しげな教室のシーンでゆりっぺが生前に味わうことができなかった、煌びやかな学校生活をまじまじと見せつけられる。

 

ここでゆりっぺは、「たとえ生まれ変わったとしてもそれは別人の人生であって、自分の人生なんかじゃない」という心の叫びをあげる。「辛かった人生」を自分の人生として受け入れなければならないという葛藤を表しているシーンだった。

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その後の第2コンピュータ室で、何やら不穏な雰囲気を醸し出す青年と対峙する展開も胸が熱くなる…愛していた兄弟をたった10分で奪われたゆりっぺが「人間というものは、たったの10分だって我慢してくれないものなのよ」と言いながらマシンガンをコンピュータにぶっ放すシーンは見ていて爽快だった!

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そして12話ラストの「私を突き動かしていたものが消えていく」というセリフは彼女自身の葛藤が消えて、自分の人生を受け入れた瞬間だった。ここでゆりっぺの兄弟が出てきて「お姉ちゃんありがとう!」「もうお姉ちゃんだけ苦しまなくていいんだよ!」というシーンは何回観ても涙腺崩壊してしまう!

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このシーンのバックでBrave Songが流れるのが何ともズルい…!この曲自体、ゆりっぺの心の葛藤を表しているから、尚更ズルいのだ!

「いつかみんなと過ごした日々も忘れてどこかで生きてるよ その時はもう強くなんかないよ
普通の女の子の弱さで涙を零すよ」という大サビをエンディングに持ってくるなんて、どこまでズルいんだ!

歌詞に「普通の女の子」とある。彼女はこの瞬間に「死んだ世界戦線のリーダー」から「普通の女の子」に戻ったのだ。これまでリーダーの体裁を保つためか涙を流すことはなかったゆりっぺだが、ここで初めて涙を流すのもまた感慨深い!

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では肝心の最終回、彼女はどのような去り方をしたのか。一人一人音無と言葉を交わした後に消えてゆく(カットが切り替わった瞬間に消える演出は本当にいい!)。

直井→ゆりっぺ→日向→奏の順で消滅するが、つまりゆりっぺはその辺の(と言ったら語弊があるが)男キャラと同様の扱いで、特に主人公に特別な感情を抱いているわけでもない、1キャラクターとして処理されたのだ。

しかし私はこれで良かったと思っている。音無はゆりっぺに「リーダーっぽくなくなったな!」というセリフを発していた。つまり彼女はもう「普通の女の子」。なので去り際も「普通」で逆に良かったのではないかと私自身感じている。

呆気なく感じる人ももちろんいるだろう。しかしそれも含めて私は「ゆりっぺの去り際」において必要な要素だったと思っている

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Angel Beats!、作品としての粗は無いわけではない(例えばキャラが多すぎて掘り下げが甘かった所、エンジェルプレイヤーの唐突な説明など)また、1クールという制約も尺の関係上やはりキツかったなと感じる。本当に「惜しい!」「もうひと声!」と言いたくなる作品だった。しかし私はこの「仲村ゆり」というキャラを通じて、この作品の「人生」というテーマをひしひしと感じさせられたのだ!

 

有名な10話の日向とゆいの関係性も良かったが、個人的にラスト2話で描かれた「ゆりっぺの人生観と葛藤」が一番この作品で気に入っている部分だ!

ありがとう、Angel Beats!

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『風夏』を原作未読の視点から見た時の感想

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こんにちは!シゲです!そろそろ今期の冬アニメもどんどん最終回を迎えていきますね!今期は、けものフレンズを筆頭にガヴリールドロップアウトリトルウィッチアカデミア幼女戦記と個性派揃いの楽しいシーズンでしたね!

 

今回は原作でヒロインが死ぬ事で一躍有名になった『風夏』についてを原作未読の私から見てどういう風に映ったかを語っていきたいと思います!

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まずは私が何故『風夏』を視聴しようと思った経緯について。キービジュアルを見た時の率直な感想は「キャラはかわいいけどこういうアニメに限って地雷かもしれない…」であった。

なので最初は正直あまり進んで見る気はしなかった。何の気なしに第1話をツイッターの実況を見ながら視聴していたら、ふと「ネタバレ」という単語が目に止まった。「このアニメにそんな重大なネタバレがあるのか?」と思い、軽い気持ちで検索してみた結果、「ヒロインが死ぬ」とかいう超ド級パワーワードが炸裂し、「これはある意味期待できそうだな!」と思ったのが始まりであった。  

 

設定については恋愛ものかつバンドものであり、流行りを取り入れた要素が散見された。ストーリーの流れについても「主人公の幼馴染と恋敵」「主人公が鈍感すぎる」など、恋愛ものでは使い古された設定で特に目立った目新しさはなかったのだが、ひたすら「死ぬまで我慢」と思いながら見ていた。(この言い方はちょっと不謹慎が過ぎるけどw)

 

しかし物語中盤の炎上騒動あたりからどうしても1つの違和感がちらついた。それは「どのキャラクターも行動が軽率すぎる」という点であった。この作品の大きな特徴として「Twitter」の存在がある。「炎上」というものはSNSが普及している現在ではごく、簡単に起こり得るものであるという事が端的に伝わる内容で、現実とリンクした「情報が拡散される恐ろしさ」を、Twitterという今の我々には身近なものを使って視聴者に大いに感じさせる展開であったのだが…

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アイドルである氷無小雪は極力スキャンダラスな行動は避けるべきだっただろうとか、ビルの大型モニター越しに「好きな人への想いを胸に歌詞を書いてます」とか、現実なら一瞬で干されてもおかしくないような事を平気でやらかすのがどうも気になった。その後優くんも懲りずに小雪に近づこうとするのも、「また炎上するかもしれないだろう!」と思いながら見てしまった。

 

その炎上騒動の火消しの方法もまた釈然としなかった。文化祭で優くんにビンを当てる気満々だった男達が演奏を聴いた後に手のひらクルックルでみんな何事も無かったかのように炎上がおさまるのも正直ウーン…と思った。

、とここまでが中盤までの感想。

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そして物語後半ではバンドの危機、そして小雪風夏の三角関係が描かれるようになる。

まず語らずにいられないのが10話「運命」である。サブタイトルの時点で死亡フラグビンビンなのだが、まさかの死亡回避!

記事タイトルにもある通り、私は原作未読者である。なのであまり偉そうには言えないのだが、おそらくは「風夏の死は後に色々なキャラクターの心情に変化をもたらし、それが成長につながって行くという展開になるんだろうな〜」と思って楽しみにここまで視聴していたので、正直風夏が死亡回避した瞬間期待を裏切られた感じがどうしてもぬぐい切れなかった。

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(もちろん、「生きてて嬉しかった!」という人も沢山いるかもしれないから、そういった意見は否定するつもりはない。ただ、個人的には死んだ後どうやって展開されるのかをすごく楽しみにしていたので、こういう意見もあるんだよ的な感じで読んでくれたら嬉しいですm(_ _)m)

 

だが問題は死ななかった事以上に「その後の収拾のつけかた」が不味かったと思っている。トラックを回避した時に壊れたアルパカのキーホルダーのカット、あのシーンは「風夏が優くんに対する気持ちに踏ん切りをつけた」明確な描写だと思っていたのだが、最終回でやっぱ好きでした!っていうのはちょっと心ブレブレすぎないかと思った。

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そして「ソロデビューをしたい」発言。自分で始めたバンドなのに真っ先に抜けるとはこれ如何にと思ったがそれ以上に、「一度スカウトされて断ってるのにどのツラ下げてソロデビューするんだろう」と思ってしまった。

さらに優くんの説得で一度バラバラになりかけたバンドメンバーを再結成する展開も、ラスト2話で収拾させるのは流石に無理がありすぎたなという印象。

 

最終回で小雪ちゃんの「自分の気持ちに正直になればいい」という発言が物語のテーマだったのだろうなというのは感じるのだが、どうしても話しの運び方がご都合主義すぎるなーと感じてしまった。

めちゃくちゃザックリ言うとどのキャラクターも「前はこう言ったけどやっぱそれ無しで!」という風にしか見えなかった。

 そして結局全員バンドデビューして万々歳っていうのもうーん…

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総じて、この作品は「風夏が死なないように頑張って作ってみたけど、逆に収拾つけるのが難しくなった」という印象。死亡ルートではやはり1クールという制約は厳しすぎたのだろうか。

ある意味、1クール縛りの被害者とも言える作品だったのかもしれない… 

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「おもしろ経済数学」というタイトル詐欺について

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こんにちは、シゲです!

今回レビューするのは前回の『武隈ミクロ』と打って変わって初学者向けの参考書「おもしろ経済数学(ミネルヴァ書房)」をレビューします!

 

前回の『武隈ミクロ』では「書いてある内容はおそらく網羅的であり、ある程度ミクロ経済の基礎が出来ている人にとってはバランスの良い参考書であったが、反面自分のレベルがそこまでに到達していなければ読破することすら困難」という結論に至った。

 

そして今回の『おもしろ経済数学』はタイトルから察する通り初学者向けの参考書である。本の帯には『「数学が苦手だから文系にきたのに、どうしてこんなハメに…」と経済数学にお嘆きのアナタを救う、よく分かるテキスト』とまさに数学が苦手だから文系に来た私のニーズに応えてくれそうなキャッチコピーが書かれていた!

 

それでは内容の方を見てみよう。おもしろ経済数学というタイトルだが中身はほぼミクロ経済。なのでミクロ経済の初学者ならこの本はオススメと言えるかもしれない。流石初学者向けの本と言うべきか。

文章自体は平易で難なく理解する事ができる。経済に全く触れたことのない人でもある程度想像できるような具体例を使って説明がなされている点は評価できる。

 

しかし、肝心の数学についての説明は「マジか」と思わず声を出してしまうくらい適当。章ごとのちょっとしたコラム程度の量しか説明がなされていなかった。文系の数学の出来なさを考慮すれば、もっと計算の手順を詳しく記述すべきであった。

 

微分積分、行列などの理論自体は比較的簡単に説明のしているのだが、それとは不釣り合いな難易度の練習問題だったため解くのが困難。最初の一問を解くのが関の山で、応用問題が全く解けなかった。

しかも解答は答えだけ羅列しているものが目立ち、「本当に数学が苦手な人に配慮してるのか」と思えるほど手抜き感が拭い切れないという、まさかの事態に陥ったのだ。

 

この手の初学者向けの本にありがちな、「理論だけ懇切丁寧に解説し、肝心の『問題の解き方』の説明が雑」という落とし穴に見事にはまってしまった感じが否めなかった。

 

総じて、「読み物」として読むならまあまあの分かりやすさと面白さではあるが、「参考書」として読んだ場合、非常に物足りなさを感じる本であった。おそらくこの本だけでは学部レベルのミクロ経済も、経済数学も合格点を取ることは難しいだろう。

俺が求めてるのはそういうんじゃないんだよ!!と言いたくなるw

 

それでも本自体は薄くて読破はそれほど困難ではないので、これからミクロ経済の勉強をしよう!という人が予習でサラッと読むのにはまぁまぁ適しているのかな、という印象です。

中二病でも恋がしたい!における「中二病」とはどういった意味合いだったのか

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こんにちは、シゲです!
中二病」患ったことのある人、現在進行形で患っている人いろいろ居るかもしれない
ちなみに私は中二病とまではいかなくても少し妄想癖のある学生時代だったw
今回紹介する作品は「中二病でも恋がしたい!中二病と恋、このタイトルからしてもう既に青春オーラが出まくりである。

 

まずは一般的に知られる「中二病」のイメージでは、「自分には他の人には無い不思議な力がある」というそれこそ六花みたいなタイプが固定観念として定着しているかもしれない。しかし実際にはこういったタイプだけでなく、「無理してブラックコーヒーを飲む」「意味もわからず洋楽を聴く」というものもメジャーである。まとめると、「自分をかっこよく見せるための、ちょっと背伸びした行動」という事になるのだろう。

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しかし私は劇中における「中二病」とは上記の意味合い「だけ」では無いと感じている。
六花の中二病は二つの意味が含まれていたのでは、と私は考える。まず一つ目は「現実逃避の象徴」。父の死が原因で今でも中二病を辞められずにいるというマイナスの側面である。そしてもう一つは「憧れ、理想の象徴」。
そもそも六花が中二病になったのは父の死だけが原因ではなく、幼少期に勇太のダークフレイムマスターを見た事である。最初はダークフレイムマスターへの憧れで中二病になったのが、いつしか現実逃避の手段となってしまったのだ。
しかし周りはあたかも中二病=現実逃避という解釈をしたため、「憧れ」という要素もろとも中二病を辞めさせようという流れになってしまったのだ。その結果、中二病を辞めた直後での六花は「憧れ」の要素もろとも消えてしまい、自分のアイデンティティを失い、まさにもぬけの殻状態であった。

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最終回では再び勇太の働きかけによって中二病に戻るが、同時に「父への決別」もきちんと果たしている。この瞬間、六花の中二病は「現実逃避」の要素が消えたのではないかと考えた。

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そして最終回の「人は一生、中二病なのだ」という大塚芳忠さんのナレーションはこの作品全体のメッセージであった。
劇中のほとんどの人物(勇太、六花、モリサマー、凸守、くみん先輩)が中二病を経験しているということは、人は生きていく上で必ず中二病(とまでは行かずとも空想に耽る時期)が必ず訪れるという事、その理想に向かって走って行く時期があるという事、そしてそれは必ずしも悪いものとは限らず、むしろ大切なことであるという事を表現していた様に思えた。


人は皆、ある程度の理想を描いて生きていく。それを無理に抑え込まなくても良いんだ、自分らしく生きていいんだという深いテーマ性を1クールで「中二病」という馴染み深い?要素を使って表現した、大変密度の濃い作品だと思いましたー!

まだ二期の方は観ていないので機会があれば観てみたいと思います(^ ^)

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ブラック★ロックシューターというコンテンツの中での挑戦 〜ノイタミナ版アニメレビュー〜

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こんにちは!シゲと申します(^ ^) 元々はhuke氏による一枚絵のオリジナルキャラクターであった「ブラック★ロックシューター」のアニメ化作品(ノイタミナ版)について、今回も熱く語りますw

 

現実世界で受けた心の傷を、「虚の世界」の自分と同じ顔をした思念体が戦うことで消滅させるといった斬新な設定である。現実世界での心の動きと虚の世界での激しい戦闘シーンという二つの軸を交互に織り交ぜながら話が展開される。個人的にはかなり目新しさを感じた上、話数も8話と短かく、かなり濃い内容だっため、見ていて飽きないアニメではあった。

 

「人間関係のストレス」をメインに扱った作品なので全話通してかなり陰鬱な雰囲気。そして登場人物が全員何かしら「心の闇」を抱えているのでさらに陰鬱さに拍車をかける。

 

現実世界ではカガリとヨミの嫉妬、こはっち先輩と終盤でのユウのいじめ、そして何と言ってもサヤちゃん先生による闇カウンセリングといったストレスマッハな展開が繰り広げられる。

 

一方で虚の世界は現実とは対照的に、血しぶきが舞うような激しい戦闘シーンが繰り広げられる。特に終盤でインセインブラック★ロックシューターと戦うシーンは必見。(ややグロテスクなので注意!)

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この作品のメッセージは「傷つく覚悟と傷つける覚悟」であった。これまで思念体が現実世界の自分の代わりに戦う事で全ての悩みから解放してくれるシステムであった。裏を返せば「相手との衝突を避けても、いつの間にか悩みが消える」という事である。


中盤のカガリがヨミとの記憶を失うことで、ヨミが発狂して新たな問題が起こる展開、これはシステム自体の欠陥を端的に表したシーンだった。一時的にシステムによって解決しても、そのシステムのせいでもう一つ別の問題が発生するのだ。

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ユウは簡単に言えば「虚の世界で戦う方が現実世界での戦い(いじめ)よりマシだ」という考えで、システム自体にはむしろ肯定的な考え方。

最終的には現実世界に戻る事になるが…


反対にそのシステムに疑問を感じたのが主人公、マトであった。彼女は「衝突を避けても根本的な解決にはならない」と気づいていたのだろう。「自分も傷つきたい」というセリフがその象徴である。

そしてその後にインセインブラック★ロックシューターの「誰も傷つけずに自分だけ傷つくのはずるい」発言。今までは相手を傷つけることを恐れていたマト。インセインのセリフにより「時に相手を傷つける必要性」に気づく。


総じて非常に難解なアニメだった(大汗)「衝突」が起こらなければ遅かれ早かれ新たな問題が起こる事、悩みを解決するには衝突によって傷つく覚悟、そして傷つける覚悟が必要であるという難しいメッセージを、キャラクターたちの激しい心の動きを表現しつつ8話でまとめた作品だった!


不満だったのがサヤちゃん先生の扱い。あれだけ下衆い行動をしておいて、最後には改心して終わりっていうのはいくら「ユウを助けるため」って理由があってもちょっと無いなーと思った。そして初見では分かりずらかった「日常と戦闘のつながり」
所々説明が省かれてるなーと感じた部分があって見るのに一苦労…

 

「賛否両論のアニメ」と聞いていたが、見てみたら納得。かなり人を選ぶ作品だったw
人間関係のドロドロや胸糞展開が苦手な人はあんまり見ない方がいいかも知れない…


ボーカロイドなどで既に人気だった「ブラック★ロックシューター」というキャラクターを基に、新しくアニメを作るという試みは多大なプレッシャーがあった事は容易に想像できる。その中で「人間関係のすれ違い」という重いテーマを8話ふんだんに使って作り上げた点は素晴らしい!

 

作品の出来自体は決して胸を張って良いと言えるものではなかったが、1話1話が一触即発の張り詰めた雰囲気で個人的には楽しめたと思う。
テンプレ系のアニメに飽きた人にはオススメですw

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ボンバーマンジェッターズは最高の人間ドラマだった!

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こんにちは、シゲと申しますm(_ _)m今回は隠れた名作と名高いボンバーマンジェッターズを紹介します!
(以下、ネタバレを多く含むので注意!)

 

話数が多くて中々手が出せない作品だったが、全話通して見て本当に見る価値のある作品だと感じた!この作品は1〜26話までの第1部、27〜52話までの第2部に分かれる。

 

まずはマイティの行方を巡る第1部
MAX=マイティというミスリードの見せ方、かなり鳥肌物である。洞窟での風船ボムのくだり、ボムの投げ方までマイティと同じであればここで誰もがMAX=マイティを確信するであろう。そしてMAX=マイティを信じて疑わないシロボンがより一層切なさと残酷さを引き立てるのだ!しかもそのミスリードをおよそ2クールにも渡って見せるのだから只者ではない作品であると感じた。

 

そして物語が加速する20話以降、マイティの死を知った後のキャラクターの動きがまた繊細で素晴らしい。シャウトの過去とツイストさんのくだり、その時のアイン博士のセリフ「人生で一番大変なのは同じ事を続けるということ」これがめちゃくちゃ心に響いた。
特に26話でシャウトがシロボンに喝を入れるシーン、そしてシロボンが涙交じりの声で発した「ボムの力はボムにあらず、心にあり」というセリフも、金朋さんの演技力も相まって涙無しには見られなかった。

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マイティとゼロの複雑な心情を描いた第2部
ここで私的に一番ポイントだと思ったのが「シロボンは決してゼロの事をお兄ちゃんとは呼ばない」事。あくまでマイティは死人であり、ゼロはゼロである、という徹底した見せ方。もうマイティはこの世にはいないのだ…という悲しみを引き立てる。

 

しかし第2部の見所はそれだけには留まらないのだ。「その人の記憶を保持するロボットは、果たして"その人"本人であると言えるか否か」つまり「なにをもって"本人"とするか」という、一概に「これだ!」と断言する事ができないテーマをわれわれ視聴者に投げかけたのだ!

この作品ではマイティとゼロは全くの別人として話が進められた。シロボンもそのつもりでゼロに接していたのだが…

 

やはりどうしてもゼロにマイティの面影を重ねてしまう"心の中の葛藤"がこれまた我々の心を抉るのである!シロボンは10歳という設定である。我々で言うおおよそ小学5年生くらいの年齢だろう。これほどの幼い"子供"がこれだけの"過酷な現実"を背負ったのだ!


もう一つ心に残ったのが「マイティの苦悩」あれだけ完璧なボンバーマンだと周りからもてはやされていたマイティ、それが時系列で第1話の時点で既に「限界を感じていた」発言。しかしそれを決して誰にも見せなかったマイティの「優しさ故に無理をする」性格がまた何とも切ない。

 

この作品のメッセージは「死と向き合う」
親しい者の死を死として受け止められるか、という子供向けアニメとは思えない深いテーマであった。
opのホップ!スキップ!ジャンプ!はまさにこれを伝えたかった歌だと思う。


総じて、この作品は52話全てを使って1人のキャラクターの死に焦点を当て続ける、「丁寧で繊細な作品」という印象を受けた。死んだキャラクターをここまで掘り下げる作品は本当に珍しいなと。
(私は普段1クール物のアニメを見るが、大体キャラクターが死んでも立ち直るのがめっちゃ早かったり、後半にはもう忘れられてたり、割と1クール物でキャラクターの死を扱うのは無理があると感じている。)


52話のうち、ギャグ回も含めて無駄な回が一切なく、そして伏線を残さず綺麗に回収した点も大変評価できるポイントだった!

特に最終回の黄色いパンジー、第1話でマイティがボムで咲かせた花が今でも根付いている、という描写には泣かずにはいられなかった。
マイティは死んだ、しかし確かにマイティはそこに生きていたのだ。という描写をさりげなく持ってくるあたり本当にセンスがある!

 

ちなみにパンジーの花言葉、色ごとにそれぞれ意味が異なるらしい。
マイティの咲かせた黄色は「つつましい幸せ」
これまた誰よりも幸せを祈るマイティの優しさを感じた(たまたまかもしれないけどw)

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私は、「子供向け」と「子供騙し」は全くの別ものであると考えている。この作品は「子供に見せたいアニメ」というコンセプトで作られている。

基本的にはメイン視聴者層は小学生あたりになるはずなので、必然的に明るいギャグパートも多くなってくる。そのギャグパートもアメリカザリガニのコンビがかなり光った演技を魅せてくれたので、退屈せずに見る事ができたのだ!(公園でのガングとボンゴの漫才シーンはいつ見ても笑ってしまうw)

かと思えば、本筋であるシリアスなパートもしっかりと的を外さずに抑えていた!「シリアスとギャグの緩急」がこの作品を上手く、暗くなりすぎず"見やすい"アニメに作り上げたのだ!

子供向けアニメでありながら、「死」という重いテーマを軽快なギャグを挟みつつもきっちり描いてゆき、死をただの死で終わらせない 本当に出来の良い作品だった!


ありがとう、ボンバーマンジェッターズ