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話数単位で選ぶ、2024年TVアニメ10選

aninado様が集計されている、毎年恒例の「話数単位で選ぶ、TVアニメ10選」企画に今年も参加させていただきます。

aninado.com

■「話数単位で選ぶ、2024年TVアニメ10選」ルール
・2024年1月1日~12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。
・集計対象は2024年中に公開されたものと致しますので、集計を希望される方は年内での公開をお願いします。

 

去年の10選記事はこちら

skarugo0094.hatenablog.com

 

目次

・『葬送のフリーレン』28話「また会ったときに恥ずかしいからね」

・『終末トレインどこへいく?』3話「ショートでハッピーイージーに」

・『夜のクラゲは泳げない』3話「渡瀬キウイ」

・『ガールズバンドクライ』10話「ワンダーフォーゲル

・『響け!ユーフォニアム』3期 13話「つながるメロディ」

・『推しの子』24話「願い」

・『チ。−地球の運動について−』3話「僕は、地動説を信じてます」

・『ダンダダン』7話 「優しい世界へ」

・『ぷにるはかわいいスライム』7話「Sweet Bitter Summer」

・『わんだふるぷりきゅあ!』44話「たくさんの幸せ」

・雑感

 

・『葬送のフリーレン』28話「また会ったときに恥ずかしいからね」

本作は2年連続の選出です。一級魔法使い試験編を描く2クール目では26話の複製フリーレンとの戦闘描写が分かりやすい「作画回」として軍配が上がるところですが、より読後感として自分の中に響くものがあったのは、この28話でした。

人間の感情の機微に疎いフリーレンは、かつて旅を共にした勇者ヒンメルの老衰死をきっかけに、彼のことを何も理解できないまま離別してしまったことに対する悔恨の気持ちが芽生え、これまでの自分には無かった「人間性」を探すための二度目の旅をロードムービーとして描いた本作。最終回であるこの28話は、その「答え合わせ」に他なりません。


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会者定離」がつきものの旅ではどんな形であれ、いつかは別れの時は訪れるもの。切磋琢磨し合った仲間たちとのそうした「別れ」を、敢えてドライな形で描き切るこの28話は翻って希望に満ちて映ります。「涙のお別れなんて僕たちには似合わない。だって、また会ったときに恥ずかしいからね。」という台詞を裏付けるように、下手(未来)方向に進むフリーレン一行が映された後、ロングショットでこの先に続く道を映すところで映像は閉じられます。過去の追想から始まったフリーレンの旅が未来向きに変化する過程を実感させる画作りが良いです。

 

・『終末トレインどこへいく?』3話「ショートでハッピーイージーに」

世界観がカオスな水島努監督作品ということで放送当時も印象的だった『終末トレイン』ですが、中でも一際記憶に残っているのが、この3話です。キノコに自我を乗っ取られ、緩やかな「破滅」を甘んじて受け入れる周囲の中で、晶一人だけがキノコの魔の手から逃れてまともな感性を保ちながら対処を試みる、というパニックB級映画的なプロットが面白いですが、ただカオスなだけでなく、ポストアポカリプス的世界観における死生観を浮き彫りにする回、という意味では正しくSF的な回だったと言えるのではないでしょうか?

 

あと余談ですが、少しスノッブで背伸びしがちな晶のキャラクター造形がかなり好みでした。

 

・『夜のクラゲは泳げない』3話「渡瀬キウイ」

8話と選出を迷いました。

Vtuberとして動画配信活動に勤しみつつ、日中は”生徒会長”として活躍しているという渡瀬キウイですが、彼女のそうした「設定」は見栄を張るための”嘘”にすぎず、本当は不登校だったことを幼馴染のまひるに知られてしまった際の、お互いの「気まずさ」が、富田美憂の演技も相まって大変印象的でした。自分の趣味や性格が周囲から理解されず、生きづらさを抱えるティーンエージャーの心理にはどこか他人事とは思えない部分があり、そんな彼女を「天岩戸伝説」になぞらえて、まひるが文化祭の劇で恥を捨てて舞い踊り「外に引っ張り出す」という整地されたプロットも秀逸でした。

 

・『ガールズバンドクライ』10話「ワンダーフォーゲル

11話と選出を迷いました。

確執のあった親子のわだかまりが解消されるエピソードはベタな展開ながらも、つい涙腺が緩んでしまいます。


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実家に帰った際に仁菜の頭に当たる枝はまるで「入るのを拒む」かのようにささくれ立った心情を表していましたが、その枝は終盤においては取り除かれており、仁菜にとって実家が「帰る場所」へと転じる対比的な演出も良かったです。

 

・『響け!ユーフォニアム』3期 13話「つながるメロディ」

オーディエンスの反応を見るに、原作改変も相まって12話を選出される人が多いと思いますが、「麗奈とソロを吹く」という目標に対する久美子の挫折経験と、自分自身のあり方と向き合った末に獲得した大団円のエンディングを描出したところに、個人的に感情移入できる部分が多いと感じたため、この度は13話を選出しました。

本番前、スプリットスクリーンで部員全員の姿が映されるシーンは「ここに居る全員が、一人一人の物語の当事者」として、この3年間を駆け抜けてきたのだという雄弁さを感じ、思わずグッと来てしまいます。

そして何より、大人になった久美子が今度は吹奏楽部の顧問として部室に入るまでのシークエンスです。バックに流れているのは「始まりの音楽」としてこれまで作中で何度か使用されてきた『ディスコ・キッド』です。胸を張って前進する久美子の描写は、数々の"挫折"と"迷い"を経た彼女の物語の全てを肯定する集大成として、これ以上なく相応しいものでした。

 

・『推しの子』24話「願い」

本作は2年連続の選出です。ロケ先で偶然にも、ルビーが生前に慕っていた主治医=ゴロー(現アクア)の死体を発見してしまったことで、ゴローを殺した黒幕への復讐心がルビーに芽生えます。昨年の10選記事でも触れていましたが、本作はアイドルとオーディエンスの関係性を「見る主体/見られる客体」という”視線”を介した演出が目立ちますが、この24話においてもその傾向は顕著だったように思えます。


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カラスの目・カメラのレンズによって、超常的な「何者か」から一方的な視線を浴びていた「被写体」としてのルビーの描写は一転し、黒く染まったルビーの視線が「こちら側」を見るようにTUで描写されることで「見る者/見られる者」の関係性が逆転します。底知れないルビーの闇が垣間見えるシークエンスです。

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とりわけ、そうした”ロケ中の事件”の最中に撮影されたB小町の新曲『POP IN 2』PVシーンは、曲調はB小町らしく明るくポップでありながら、そうした軽快な雰囲気とは相容れないはずの「黒目のルビー」が何度もインサートされます。ルビーを取り巻く「シリアスな事態」と「軽快な音楽」という対極の要素を衝突させ、フィルム全体を異質なものへと”異化”させてた描きが印象的な回でした。

 

・『チ。−地球の運動について−』3話「僕は、地動説を信じてます」

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天動説から地動説へのパラダイムシフトをめぐるヒューマンドラマを描いた本作ですが、まさしく物語が「動き出した」のが、この3話でした。ルネサンスなどに代表されるように、前近代〜近代を時代背景としながらも、自分たちがこれまで信仰してきたものが否定され、新しい技術と知見に対する恐怖と、それを排除しようという試みは、現代のAI論争にも通じる部分があります。

とりわけこの3話はラファウが地動説に殉ずるという衝撃的な話数でしたが、たとえ自らの命を差し出したとしても、「真理」へのバトンを後世に残すことで自分の意志を受け継ぐ者がいつか現れるならば、肉体が朽ちようともその意志は「生き続ける」というレジリエンスを感じる点においても、実に「本作らしさ」に満ちた話数です。

 

・『ダンダダン』7話 「優しい世界へ」


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「トンチキ怪奇ホラー」テイストが濃い本作ですが、この7話においてはゲスト妖怪の「幸薄き女」という要素がむしろ「ジャパニーズ・ホラー」的な雰囲気を漂わせており、その点においても異彩を放つ話数です。自分のそばから居なくなった愛娘を探し続ける女の亡霊と、幼少期に母を亡くしたアイラ。そんなアイラが女を「お母さん」と呼ぶことで、この世に未練を残したまま今に消滅する女にかすかな希望を与えます。

演出面においては、実写を織り交ぜた描写や妖怪の女視点でのPOVが多用されていることからも感情移入しやすい画作りとなり、その点においても印象的な話数です。

 

・『ぷにるはかわいいスライム』7話「Sweet Bitter Summer」


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その名の通り、可愛いものが好きな男の子・河合井コタローと、彼の前に突如現れたスライムの女の子(?)ぷにるとの不思議な関係性を描く本作ですが、とりわけ7話は、一つ例を挙げるなら、大きな入道雲の浮かぶ空を背景にロングショットでコタローとぷにるを映し出す画など、ひと夏の特別な物語を感じさせるような独特の演出・カメラワークが多用されている点で印象的でした。

ぷにるに対して普段は意識していなかった部分を映し出すようなレイアウトの数々は、コタローに生じる戸惑い、心情変化を何より饒舌に語るものだったと言えます。


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演出面に関してとりわけ印象的だったのは、カフェシーンにおいてコタローときらら先輩をサイフォン越しで映すシークエンスです。少し背伸びしたいコタローの虚栄心を映すように被写体を歪ませ、広角レンズの役割を果たしていたサイフォンは、きらら先輩の「自然体でいて良い」という台詞をきっかけに取り払われます。小道具によって映像と心情がリンクする描き方など、まさしく「映像演出のデパート」と言える回でした。

 

・『わんだふるぷりきゅあ!』44話「たくさんの幸せ」

ペットがテーマである本作において避けることができない「ペットとの死別」を真正面から描いた回です。殊、本作においてはこむぎ・ユキなどのペットが人間の形態に変身して、ほとんど人間と変わらない生活を送っており、いつか彼女たちに訪れる「死別」が、ペットというよりはむしろ「家族の死」と近接して描かれるからこそ、それが「大きな物語」として重くのしかかってくるのだと思います。

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この回においてガオガオーンとして、いろは達の前に立ちはだかったのが、かつての動物界の覇者でありながら、同時に絶滅種でもある「ティラノサウルス」であったことにも相応の意味があるのでしょう。これについて、特に印象に残ったFFの方の解釈がありましたので、この場を借りて引用させていただきます。

その方によると、このティラノサウルスは「絶滅してこの世にはもう存在しない」という動物としての避けがたい宿命のモチーフであると同時に、「抗えないほどに絶対的な力」を示しており、正しく「死」を象徴する存在として読み解くことができる、とのことでした。実際にこの回においてプリキュアティラノサウルスのガオガオーンとの真っ向勝負において明確に劣位を取っており、トラメによる静止がなければ負けていた可能性があったことからも、抗えない運命の象徴としての説得力を補強しています。


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死を描きながらも直接的な表現を避ける台詞回し、動物が天を駆ける「虹の橋」のモチーフ性など、繊細な表現の機微がとりわけ印象に残る回でした。

 

雑感

忙しさも相まって、ちょうど昨年の10選記事から1年ぶりのブログ更新となりました。

 

全体を通して見ると、春アニメから終末トレイン・ヨルクラ・ガルクラ・ユーフォニアムの4作品を選出しており、春アニメの割合が大きくなりました。去年と比べて更新頻度が落ちてしまいましたが、来年からはショートレビューでも良いので細々とでも投稿をしていけたらな、と思っています。

 

末筆ではございますが、来年も引き続き宜しくお願いします。