シゲの鑑賞日記(仮)

主に趣味(アニメ、仮面ライダー、ポケモンなど)を自由気ままに語りますヾ(๑╹◡╹)ノ" 特に、アニメの感想などをつらつらと書いていくつもりです^ ^

マリオメーカーはなぜあんなにも面白いのか、あるいは「拡散されるマリオ」について

f:id:Skarugo0094:20190216223854j:image

先日、ニンテンドーダイレクトによって様々な新規タイトルが発表された。ゼルダの伝説夢をみる島』リメイク決定や『牧場物語』がまさかのドラえもんとコラボなど、さすが任天堂と言うべき、”強い”顔ぶれである。その中でも個人的に一番驚いたのは何を隠そう『スーパーマリオメーカー2』だった。『マリオメーカー』は「作って遊ぶ」がコンセプトの、今までにありそうでなかったマリオシリーズの「禁じ手」に手を出したタイトルだ。自分とって『マリオメーカー』は気になりつつも「手を出しづらい」タイトルだった。というのも、WiiUのソフトなので遊ぼうとするならばハードの購入を余儀なくされるためだ。めっきりゲームしなくなった理由の一つは「ハードの変化に対応しきれなくなった」ことだ。

そんな中、この正月に古本屋で『マリオメーカー』の3ds移植版を発見。すでに3dsを持っているなら、ソフトだけ買えば済むじゃん!と思い、購入。「欲しかったゲームを手にする」経験は久しぶりだなぁとワクワクしながらゲームを起動。率直な感想としては「これ、ずっとやってられるぞ…」だった。クリスマスプレゼントにゲームをもらった日は一日中ゲーム三昧だったけど、『マリオメーカー』も自制しなければ一生やってしまいそうな、ちょっとヤバい類のゲームであった。今回はそんな「任天堂が生んだ狂気」と呼べる『マリオメーカー』がなぜあんなにも「面白い」のかを、個人的な視点から語ってみたい。


「作って遊ぶ」を「マリオ」でやるということ

 

マリオメーカーを語る上で当然、「作る要素」は外せない。しかしこれまで「自分でステージを作るゲーム」が全くなかったわけではない。『RPGツクール』シリーズがその代表例だし、「街を作る」という意味なら『シムシティ』、自分が高校時代の時に流行した『マインクラフト』だって、「作って遊ぶ」がコンセプトのヒットタイトルだ。言ってしまえば「作って遊びたい」はゲーマーたちの根源的な欲求であり、それを簡単に実現できる土壌を用意したのが、それらの「ヒット作」なのだ。しかしマリオメーカーは「それらのヒット作」とは全く違った意味でヒットしているように思える。というのも、そこに「みんなのお馴染みのマリオ」という"属性"が付加されているからだ。


そもそも作る作らない以前に、「マリオ」というゲーム自体が既に"面白い"し、"完成されている"ものである。「マリオ」は「敵を踏んだり避けたりしながらゴールを目指す」という、ものすごく単純なルールでゲームが成立しており、初めてコントローラーに触れるような人でも「頑張ればクリアできる」バランス感である。最初のステージ「1-1」のレベルデザイン(ゲーム制作における、難易度調整)が如何に優れているのかは有名な話である。

 

そんな「単純なルール」を基本フォーマットとしてマリオシリーズは続いてきた。ユーザーたちはそうした面白さをあくまでも「受け手」として楽しんできた。そうなると当然、「自分でも作れる気がする」と、上で述べた「ゲーマーの根源的欲求」が次第に肥大していく。それを非公式的、かつ非合法に実現してきたのが、ニコニコ動画で有名になった改造マリオのプレイ動画」である。鬼畜難度のステージを友人にプレイさせるあの動画はニコニコ史を語る上でも欠かせないものとなっている(ニコニコメドレーシリーズではマリオワールドの地上BGMが採用されている事からも、マリオがニコニコに与えた影響の大きさが伺える)

f:id:Skarugo0094:20190216223913p:image

同じく「非合法的にマリオを作る」と言えば、自分が中学生の頃に出会った「スーパー正男」を挙げない訳にはいかない。こちらはJavaで作動する、横スクロールのマリオを模したゲームである。敵キャラにマリオどころかポケモンを模したキャラを配置できるなど、今思えば「やりたい放題」なアングラ感があった。パソコン上で誰でも簡単にステージを作ることができ、自分もこのゲームによって「作りたい」という根源的な欲求を満たしてきた(ステージを作るセンスがゼロだったのは内緒)

f:id:Skarugo0094:20190216223920p:image

マリオメーカーは「改造マリオを合法化した点でヒットした」とよく言われており、その考えも概ね賛同できるのだが、その前段階として『スマブラX』の影響は外せない。こちらは「エディットステージ」という、自分でステージを作る機能が備わっており、スマブラという「誰もが知るタイトル」で、「作って遊べる」点で、マリオメーカーの土台となっているように思えるのだ。これまで非合法的な手段でしか満たせなかった「作る欲求」が一旦、この『スマブラX』によって合法的に満たされるようになった。これが後の『マリオメーカー』の土壌となっている。

f:id:Skarugo0094:20190216223943j:image

そうした土壌を経てついにマリオメーカーは発売する訳だけども、youtubeニコニコ動画で瞬く間に大ヒットし、ランキングはマリオメーカーに埋め尽くされる事態になった(詳しくは「マリオメーカー問題」で検索)。「マリオ」という、「自分でもステージを作れそう」な単純なゲームシステムと、「作る欲求」が悪魔合体した結果である。エミュレータの知識を要し、作る敷居が高かった「改造マリオ」と異なり、公式が「誰もが簡単に作り手になれる場」を提供したのが、マリオメーカーの大きな功績だった。

 

"SNS"としてのマリオ、あるいは「拡散されるマリオ」について

 

かつては「マスコミ」と「消費者」が、「発信者」と「受信者」の関係性になっていた。現在、新聞やテレビが一方的に「情報」を受信者へ与えるだけでなく、時に本来受信者であるはずの者がが「発信者」になれる時代である。SNSに投稿された動画が、ニュースの材料にもなってしまう時代に我々は生きている。

SNSが社会に与えた影響はそうした「誰もが発信する側になれる事」以外にも、「多くの人から反応が貰える社会」を作ったことも挙げられる。例えばTwitterならば「いいね」一つで承認欲求はいとも簡単に満たされてしまうし、リツイートすれば瞬く間に多くの人の目に「情報」が晒される。その「情報」を見た者が今度は「それに関するツイート」を発信し、さらにそのツイートをいいね、リツイートする者が現れる。そうしたねずみ算的な拡散力によって、「急上昇ワード」として日本を支配してしまう。

f:id:Skarugo0094:20190216224000j:image

話をマリオに戻すと、マリオメーカー』はそうした「SNSの社会的影響力」と同じ流れを引いているのだ。ゲーム製作者とプレイヤー。これは従来通りの「作り手」と「受け手」の関係性である。マリオメーカーは無論、その一方通行な関係性を壊し、「誰もが作り手=発信者になれる」場を提供した。マリオメーカーは「遊ぶ」「作って投稿する」の大きく分けて二つの要素が挙げられるが、そうしたゲームシステムこそが「マリオメーカーSNS的な側面」である。従来は「遊ぶ」のみの一方通行だったマリオが、今度は自分が作ってそれを全世界に発信できるシステムだ。さらに言えば、誰かが作ったステージに「いいね」を付けることができるし、人気のステージは「いいねランキング」として挙がる。まさにTwitterにおける「いいね」「トレンド」である。


そして「人気ステージ」を参考に新たなステージを作る者、それを「いいね」する者。つまりマリオメーカー」は「受信者あると同時に発信者にもなれる」という、昨今のSNSと同様の「相互作用」を生み出している。そうした爆発的な相互作用によって、マリオは無限に"拡散されて"いく。自分はこの『マリオメーカー』というゲームが冗談抜きに「一生遊ばれるゲーム」になると思っている。なぜならばこのゲームは「作る」という根源的欲求を満たしてくれるだけでなく、「作ったものに対して反応をもらえる」という、承認欲求すらも満たしてしまうからだ。現に私はそうした「任天堂の生んだ狂気」に魅了されているし、こんなにハマるゲームはポケモン以外に初めてだった。もっとも、3ds移植版のマリオメーカーには「投稿する」機能がないので、何とか自制を保てているが。