シゲの鑑賞日記(仮)

主に趣味(アニメ、仮面ライダー、ポケモンなど)を自由気ままに語りますヾ(๑╹◡╹)ノ" 特に、アニメの感想などをつらつらと書いていくつもりです^ ^

名前が変われば別人になった気がするアレについて

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4月1日からは新年度ということで、みなさん忙しい日々を送られているでしょう。そう、4月というのは知ってのとおり「クラス替え」「入学」「年度初め」と、変わり目の時期であり環境がガラッと変わってしまう瞬間だ。初めて会う人も多く、慣れない生活に身を”置かれ”て精神的にまいりやすいシーズンでもある(詳しくは「木の芽時」でググろう)。しかし中には、前から知っている人のハズなのにどういう訳かこれまでと雰囲気が全然違うような、つい「お、お前どうしたんだ??」と台詞が出そうなほど変貌を遂げるヤツが現れる。毎回絶対現れる。実際、私の身近なところでも"それ"は起こってしまった。

https://www.google.co.jp/amp/s/www.asahi.com/amp/articles/ASL1T4S92L1TPTIL00Y.html

 

この4月から大阪市営地下鉄は「osaka metro」へと名称を変更したとのこと。通りで乗り換え案内アプリを使った時に変な名前が出てくるわけだ。言ってしまえばこれまで真面目クンだった人が大学に入った途端、あたかも前から陽キャラだったかのように振る舞う「大学デビュー」を果たしたわけだ。東京メトロという、クラスでも人気のウェイ系を真似た結果、「大阪メトロ」というどうあがいても二番煎じの変貌ぶりには驚きを隠せない。けれど、そうした違和感を抱くのはあくまでもこれまで「大阪市営地下鉄」として接してきた大阪民のみであり、ほかの県の人や外国人を相手にした時は「前からosaka metroでしたけど何か??」と、黒歴史をひた隠しにして接するような、随分とセコイ手のように感じる。

 

だがちょっと待ってほしい(朝日新聞論調)。「名前が変われば別人になる」のは我々も同じなのではなかろうか。例えばツイッターアカウントだ。ハムスター系男子の「きよるん」が2chまとめで集中砲火された際には「カマドウマ大学生」へと転身し、最終的には炎上しすぎた挙句カリッと焼けたフライドポテトに変わったではないか。そう、ツイッターでは「転身」が当たり前のように行われている。「これまでの自分を捨てる」という決意は、かなり勇気を要する行動だが、ツイッターではいとも簡単にそれが出来てしまう。名前が変わるだけならまだしも「複数アカウント」を用いることで、自分の人格を無数に増やすことだって可能だ。

 

しかし「名前」というものはあくまでも人を判別する為の記号でしかなく、いくら名前を変えても「自分」というものは何ら変わり得ないのだ。自分を含め我々は「いつでも自分以外の人になれる"気がする"」社会に生きており、それがいい意味でも悪い意味でも「自分の中身」を試されているような気がしないでもない。

ひぐらし』で竜宮レナが「いやなこと」を忘れるために本名「レイナ」から「イ」を抜いたように、新しい生活に踏み入れようと奔走する者。『何者』で裏アカを駆使して自分以外の誰かになりたがった拓人のように、現在の自分から逃げようとする者。一口に「名前が変わる」といっても、その意味合いはプラスにもマイナスにもなり得るのだ。

osaka metroへの変貌がガワだけではない、良い意味での進化であることを願うばかりである。