シゲの鑑賞日記(仮)

主に趣味(アニメ、仮面ライダー、ポケモンなど)を自由気ままに語りますヾ(๑╹◡╹)ノ" 特に、アニメの感想などをつらつらと書いていくつもりです^ ^

『宝石の国』の独特な雰囲気は何なのか

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最終回が終わってからだいぶ日が経ったが、せっかくなのでメモしておきたい。「雰囲気アニメ」と言えばまるで「外観だけは立派だが中身の伴っていない作品」としての意味で使われることが多いのだが、私は決して「雰囲気アニメ」が悪い言葉だとは思わない。なぜならばアニメを見る上で独特な世界観や、名状しがたいワクワク感は非常に重要な役割を果たしているからだ。言ってしまえば「雰囲気」すらない作品は空気なわけで。アニメの楽しみ方はストーリーがどれだけ綿密に作られているか、も無論重要な要素だが「何となくいい感じだな」という、フワッとした楽しみ方もあると思う。

 

血界戦線』は個人的に雰囲気アニメの代表的な例だと思う。ニューヨークをモチーフにしたヘルサレムズロッドの煌びやかながらもどこかアングラ感が醸し出されている雰囲気が魅力的だ。加えて、ライブラのメンバーの活躍もめちゃくちゃイカしてて毎回爽快感があった。「レオくんの成長物語」というテーマを縦軸に添えて、かつサブキャラのカッコよさを全面的に押し出している。「摩天楼を影で支える秘密組織」ってだけで厨二心をくすぐられますね。ぶっちゃけ言ってしまえば内容全く理解してなくても楽しめる類のアニメなんですよね。

 

宝石モチーフの強み。あるいは『けものフレンズ』との比較

 

そんな『血界戦線』二期と同時に放送されていた雰囲気アニメが『宝石の国』だ。一言で言えば「ズルい」アニメだ。もうどこまでもズルい。まずはモチーフ「宝石」について。説明するまでもなく宝石は美しいものだ。現在のアニメーションでは3DCGが用いられる事が多いのだが、「宝石」と「CG」の組み合わせはまさにベストマッチでアニメ映えしない訳がないのだ。部位欠損シーンすらもノリノリで断面図が描かれており、まさに「待ってました!」と言わんばかりの演出だ。ダメージを負うシーンは他のアニメならば「痛々しい」と感じるのが普通なのだが、この作品は「ダメージ」に「美しくも儚い」という意味を与えている。

フォスの両腕が持ってかれた時も、アンタークがバラバラになった時も、単に「やられた!」というだけではなくそれ以上に「美しさ」が前面に出ている。『宝石の国』で最も美しいシーンはやはり「欠損」シーンである。堅牢な宝石が砕かれて宙に舞う。そんなピンチのシーンまで我々には否応なしに「美しく」見えてしまう。

いわば、視聴者を「月人の目線」にしてしまう荒技なのだ。宝石は美しい。もっと美しい所を見てみたい。もっと間近で見たい。そんな我々の欲望を「欠損」によって叶えてしまう。

月人は人間の「魂」が独立して進化した存在なのだが、まさに視聴者に「お前たちの心は月人の"それ"と同じなんだぞ」と訴えかける。そんな風に思えてくる。それほどに欠損シーンは力を入れている。

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けものフレンズ』がリアルの動物の生態を参考にしていたのと同様、『宝石の国』は宝石の硬さ・性質・分類など、"本物"の特徴をしっかりとキャラクターとして昇華している。

例えば主人公フォスは硬度が最低レベルだが希少性が高く、月人が興味を持つのも頷ける。

シンシャの元となった石は本当に毒があるし、"宝石"としての価値はやはり見出せない。そんな「宝石としての価値の無さ」はシンシャの葛藤としてそのまま描かれる。ボルツとダイヤは同じダイヤモンドの仲間であり、他のペアとは一味違った因縁のようなものを感じる。

一見すると『けもフレ』のリアル感と比較すれば"モノ"がモチーフだけあって地味に感じる。しかし、そんな"静"的モチーフを『宝石の国』なりにしっかりと物語のキーとして活かした点は良かったと思う。

 

けもフレ』を引き合いに出しているのは「実在するものがモチーフ」である事もそうなのだが、1番の理由としてはポストアポカリプス(人類が滅亡した後の世界)ものとしての世界観が、両者に見られる設定であるからだ。

けもフレ』はヒトが滅亡した後にかばんちゃんが「自分探し」もとい、「ヒトの集落」を求めて旅をするストーリー。道中でのさまざまなフレンズたちと出会い、「自己のアイデンティティ」を確立する。

 

宝石の国』も非常に『けもフレ』と似ている。ヒトが「骨・肉・魂」の3つに別々の進化を遂げ、かつての"ヒト"は存在しない世界。

月人の目的は何なのか、なぜ金剛先生だけは"ヒト"としての体を保っているのか、月人との関係は?など、多くの謎を抱えた作品だ。そんな謎だらけの世界を舞台に「自分の価値」を見つけていく。それが『宝石の国』だ。

要するにポストアポカリプス・テーマが「自己のアイデンティティ」・実在するモノがモチーフという3つの点において『けもフレ』と共通しているのだ。なので1話を見た時点での感想はまんま『けもフレ』だったわけですよ。

一応言っておくとどっちが良くてどっちが悪いとかそういう話ではなく、単に似た設定が基礎にありながらもそれぞれ別の進化を遂げたねという話。

 

強いということは"孤独"であるということ

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外せないエピソードが「アンタークチサイト」関連のお話。冬眠した仲間たちを守る役割をアンタークは担っている。つまりアンタークはこれまで一人で戦ってきたのだ。このことからアンタークは相当な強さを持つと推察できる。

しかし「強さ」には往々にして孤独がついて回る。金剛先生にハグを求めるシーンがあった。「例年の」と作中では言われていて何かとネタにされていたのだが、あれは「一人で戦う自分を、誰かに慰めて欲しい」という願いの表れに他ならない。そう考えるとあのシーン、ちょっと笑えなくなりますね。だからこそフォスと2人で仕事をする展開は尊いのだ。強さ故の孤独、そしてその孤独から脱却できた。そんな矢先に月人に拉致されるなんてもう月人空気嫁って話ですね。

 

拉致された後はあの新フォスの登場。性格がまるっきり変わってしまった事で話題になっていた。髪型は短くなり、目も細くまるでアンタークの生まれ変わりのようになってしまう。

足はカタツムリの貝殻、腕は金、そして雰囲気はアンターク似。もはやフォスではなくなってしまう。これめちゃくちゃ辛いですね。強くなるには「自分を捨てる」しか無い、という事ですから。「自分の価値は何か」が作品テーマなのだが、「価値」を突き詰めると自分が自分でなくなってしまう。強くなるって結局は「これまでの自分じゃなくなる」って事で。それはもう「自分の価値」じゃなくて「何か別のモノの価値」ですからね。

 

また、「強い」ことが価値に繋がるとは限らない。シンシャは毒を体から発しており戦闘においては敵無しなのだが、その性質上誰ともペアを組むことはできない。仕事がなく孤独に過ごす他ない。さらには月人にすら「価値がない」と判断される始末。そんな宝石たちのぶつかる壁「強さと孤独の葛藤」を乗り越えてきた存在がボルツだ。

彼の過去は作中で語られることはなかったが、元々「強さには孤独がついて回る」発言をしたのは彼である。やはりボルツの立ち位置としては「できる先輩」ポジションだろう。若い頃に苦労したからこそ、今の強さがある。そして自分の乗り越えてきた壁が多いからこそ、若手の今の「弱み」にもすぐに気づけるし、的確な判断もできる。ボルツのそうした「成長の歴史」は描かれなくとも想定できるものだ。

 

新フォスを見て他の宝石たちは興味津々で近づいたり、「フォス変わった〜!」と嬉しそうな反応がほとんどであった。これってちょっと異常な事態だと私は思う。なぜならば誰も「これまでのフォスではなくなった」ことを残念がらない。フォスがフォスでなくなってもそんな事は二の次でただ、新しく金の能力を得た事に注目して「強くなった」ことを賞賛する。

すごく個人的な話なんだけど、このシーンは胸糞悪くなりましたね。フォスを見てあげろよって。「強さ・価値」にしか目を向けてないじゃんって話だ。唯一、ボルツだけがフォスの身を案じるんですよ。かつて「強さ故の孤独」を感じてきた(であろうと推察される)ボルツだけが、フォスを本心から心配する。やっぱ強い者だけにしか分からない悩みがあるんだなと、あんなに憧れた「強い存在・役に立つ存在」もいざ自分がなってみるとなんだか"虚しい"。

 

振り切りすぎない独特の雰囲気

 

けど本編において新フォスのくだりはそこまで「鬱展開」として描かれている訳でもない。新フォスが出た後もギャグパートは抜かりなく存在したし、ギャグシーンでの新フォスも中々に味があって面白いものだった。本作の監督・京極尚彦氏は以下のように述べている

 

フォスが変わっていきますが、ポジティブなのか、ネガティブなのかを曖昧な状態に描くことが今作の特徴かなと。あとはシンシャと出会うことがその変化のきっかけになる、その2つが大きな柱だなと思いました。出典:アニメイトタイムズのインタビューにて

 

つまり、新フォスについては敢えて良し悪しをぼやかして描いている。自分も見ていて「今までのフォスじゃなくなって物足りないような、けど新フォスは新フォスで飽きないなぁ」という、ネガティブとポジティブが混ざり合った謎の感覚を覚えた。本編でも強くなったフォスを賞賛する者と心配する者の双方を添えて、「良いか悪いか判断のつかない」ような展開となっている。そして金剛先生と月人の関係を探る仕事に打ち込む。結局のところ月人との関係は不明で、月人の発する言葉の意味も明かされずにアニメは終了。

 

言ってしまえば「何も解決してない」んですよね。謎が謎のまま、新フォスについてもプラスにもマイナスにも見える展開だし、もっぱら「世界観」のみにずーっと浸かっていた1クールだったなと今になっては思う。

大型の月人にダイヤが襲われたと思いきや、どうやら金剛先生のペットらしくて和んだ、と思いきやよくよく考えたら先生と月人どういう関係あるんだよ、と緩やかな波が延々と続く。そんな独特の雰囲気に知らない間に飲まれていたなと感じる。まぁでも風呂敷広げたなら畳んで欲しいなとは思わなくはないが…。