シゲの鑑賞日記(仮)

主に趣味(アニメ、仮面ライダー、ポケモンなど)を自由気ままに語りますヾ(๑╹◡╹)ノ" 特に、アニメの感想などをつらつらと書いていくつもりです^ ^

『アポクリファ』22話の演出が作画崩壊にしか見えないのは何故か

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今期放送中のアニメ『Fate/Apocrypha』の作画を巡ってとある議論がなされていた。22話の戦闘シーンがどうも「神作画派」と「作画崩壊派」で意見が真っ二つに割れていたらしいのだ。私自身、リアルタイムでは追っておらず貯めていたものをつい最近消化していたので数日遅れの話題になるのだが、やはりそこには言い知れぬモヤモヤ感があったので残しておきたい。

 

22話、冒頭から闇落ちアタランテとジャンヌの戦闘から始まる。だが何かがおかしい。いつものような質感のある作画とは何かが違うように思えたのだ。具体的にはどこか単調なタッチになっており、影の感じや艶感も完全に排除されていた。そして「動く」シーンに突入する。やはり何かがおかしい。これまでも幾度と戦闘が描かれていたのに、今回だけは「動きのために全てを捨てた」ような仕上がりになっている。

22話の中盤、狂気じみたアタランテの表情も顔が真っ黒にベタ塗りされており、そこに深紅の目が点在、いやこれはこれで不気味さが伝わってくるので「ナシ」ではないのだが、やはり前回までの表情の細やかさが急にどこかへ消失してしまったような、そんな”不自然さ”を感じた。

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ジャンヌの顔がアップされるシーン、ここもやはり単調になっている。ジーク君と約束を交わした時のような艶感も徹底的に省かれている。線も細くなっており、全面的に「絵感」が出ている。いや、アニメは絵なんだから当然だと突っ込まれそうだが、TYPE-MOONのキャラデザは他のfateシリーズや『CANAAN』等のように「作画の細やかさ」との相性が素晴らしく、それに慣れてしまっていた私にとってこの「アポクリファ作画問題」はどうも引っかかるのだ。

 

要するに「コレジャナイ」んですよね。TLを見る限りではアニメーションの技法で「わざと単調に描くことで、動きを強調する」というものがあるらしい。そして「神作画派」から見ればそうした技法が産む躍動感が素晴らしいとのこと。確かに1秒1秒息をつかせぬスピード感は私も感じたのでそうした意見を否定するつもりはない。そうした「技法」もアリなのだろう。しかし「そういう技法がある」「躍動感がすごい」という意見を理解した上で私は「作画崩壊派」の立場をとりたい。

 違和感の正体は主に3つある。1つは「この回だけ特殊な技法を用いたこと」2つ目は「その中でも”アタランテパート”だけが際立っていたこと」そして最後に「これまでのfate感とは一線を画していたこと」だ。

 

①この回だけ特殊な技法を用いたこと

 

20話近く様々な戦闘が行われてきた『アポクリファ』だが、私の記憶が正しければ22話以前にはこうした技法は使われていなかったはずだ。単純にあの技法はめちゃくちゃ大変だからポンポンと繰り出せる技ではない、というのも理由の一つかも知れない。また、序盤は話がメインだから目立たなかっただけかもしれない。それでも戦闘シーンは「見せるところは見せる」ように描かれていたように思えるし、動きがなかったわけでもない。そうした中でも全体的に「崩さず」描いていた印象だ。

21話、アタランテが闇落ちしてジャンヌと対峙するシーンで終わる。ここは個人的にかなり描き込まれた作画だと思う。アタランテが「殺してやる!」とジャンヌを睨みつけた部分の作画は本当にゾっとするような迫力があった。そこからの22話序盤である。やや崩された作画で対話が始まる。21話最後と22話冒頭の差があまりにも激しすぎて脳がエラーを起こしてしまった

 

ずーっと前から戦闘シーンがあの技法ならば「今回のfateは戦闘シーンが独特だなぁ」といった具合に順応できていたかもしれない。また、近年では激しい戦闘の際には『ブレイブウィッチーズ』等のように3DCGを使って表現されることが多いため、「絵感」の全面的に出た演出は受け入れ難いものだったのかもしれない。

 

さらに22話に特異性は②「その中でも”アタランテパート”だけが際立っていたこと」にある。ジークvs赤のランサー戦では比較的しっかりと描かれていた。特に赤ランサーが消滅するシーン、あの時の「光の粒」は非常に滑らかに動いており、不自然さは感じない。次いでアタランテvsアキレウスだ。同じく消滅するシーンを見てみよう。同様に「光の粒」が舞うのだが、ランサーの時とは反対にカクカクとした動きになっている。「光の粒の舞い方」という視点から見てみると差は一目瞭然だ。これも演出の一つと言うのだろうか。つまり何が言いたいかというと、中途半端に「あの技法」が使われているから不自然さが際立つんですよね。

 

③これまでの”fate感”とは一線を画していたこと

 

あくまで自論にすぎないが、上で述べたとおりTYPE-MOONのキャラデザは「細やかさ」と相性が良いように思えるのだ。『fate/zero』での切嗣vs言峰、『UBW』0話のアーチャーvsランサーの戦闘はめちゃくちゃ激しいシーンにも関わらず作画が崩れることなく描かれていた。fateシリーズではないが同じくTYPE-MOON原案の『CANAAN』でも最終回のカナンとアルファルドの戦いは双方の身体の動きが細かすぎて思わず「おぉ!!」と声を上げてしまいたくなる。だからこそ、『アポクリファ』に対するモヤモヤ感が余計に大きくなるのだ。

 

 何もあの技法がダメとかそういう話ではない。単調な絵柄ながらも激しい動きを演出するのは特に、trigger作品ではよくあることだ。『グレンラガン』(こちらはガイナックス製作)『キルラキル』『リトルウィッチアカデミア』において、モブキャラをかなり単調に描くことで大きな躍動感を出すシーンが数多く存在する。そもそも、キャラデザ自体もそこまで複雑ではなく、「動きやすい絵」を意識してつくられている。熱い戦闘シーン以外にも、時にギャグシーンでもそれは上手く活きていると感じる。

キルラキル』最終回で落ちてくる流子を、地上にいる仲間達が受け止めようとするシーンは言って仕舞えば「絵」として見れば単調な肌色一色で「美しさ」というものは無いのだけど、絵面のインパクトも相まって「動く絵」としてのクオリティは申し分ない出来となっている。

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つまり、trigger作品と「あえて崩して動きに全振りする」技法はかなり相性が良いと言える。

 ではfateならどうだろうか。私にとってはお世辞にも「相性が良い」とは感じなかった。あくまで個人的な意見だが、ずーっと「fateは作画が美しい」というイメージを持っていたので「あえて作画を崩して動きを出す」手法はどうもこれまでの”fate感”には合わないなと。

早い話が「ミスマッチ」なんですよね。普段の作画が良いだけに、今回だけ「崩した」作画を用いられていたことにより、どうしてもそれを「演出」として見れず「作画崩壊」として見てしまう。懐石料理でいきなりハンバーグステーキが出てきたらいくらそのハンバーグの出来が良くても、出された側は困惑を避けられないだろう。

 

 中には作画崩壊の意味を間違っている!ダイナミックコードを見てみろ!」といった意見があった。『ダイナミックコード』は作画崩壊アニメとして有名だ。具体的には道路の表示が正面衝突不可避だったり、カフェが車道にまで侵入していたり、建物に対して人間がデカすぎたりと枚挙に暇がない。

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 確かに『ダイナミックコード』のそれも作画崩壊の一種だろう。厳密に言えば『アポクリファ』は演出にすぎず、崩壊はしていないのかもしれない。しかし、「普段の作画と違う」ことがどうしてもモヤモヤするのだ。別にあの演出自体は良いものだと思うのだが、fateで”崩して”しまうと「相対的に作画崩壊」という風にどうしても認識してしまうのだ。

 

p.s.ツイッターで「アポクリファ 作画崩壊」で検索してみよう。オタクによるマウンティング合戦が繰り広げられていてまさに地獄絵図である。