シゲの鑑賞日記(仮)

主に趣味(アニメ、仮面ライダー、ポケモンなど)を自由気ままに語りますヾ(๑╹◡╹)ノ" 特に、アニメの感想などをつらつらと書いていくつもりです^ ^

世にも奇妙な物語の『ズンドコベロンチョ』はなぜ傑作なのか。 分からないことを分からないと言って何が悪い!

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こんにちは、シゲです!

7月になれば、新しい環境にもそろそろ慣れてくるシーズンだろうか。この4月に高校、大学へ入学した人も、授業や人間関係に慣れてきたことだろう。大学生になるとバイトにサークルに忙しい一日を過ごしている人もいるはずだ。また、この春に社会人になった人はそれの倍以上の忙しさに疲弊する毎日を送っているかもしれない。今の時期はバイトや仕事で「教えてもらっていないのに怒られた!」と嘆く人々も出てくるシーズンだと思う。

 

 

前振りはこの辺にしておいて、今回はタモリが進行を務める『世にも奇妙な物語』の傑作エピソードとしてしばしば挙げられ、2015年の傑作選では藤木直人を主演としてリメイクまでされた『ズンドコベロンチョ』について語りたい。

そもそも、世にも奇妙な物語は、純粋なホラー路線の物語や人間的な恐ろしさを描くエピソードから、感動系やウケ狙いのものまで幅広くカバーした「超オールマイティ型」のオムニバスドラマである。私が小学生の頃はワクワクしながらテレビにかじりついて見ていた記憶がある。(同じように『ほん怖』も夏休みの楽しみであった)なので「マニア」まではいかないものの、ある程度有名なエピソードは把握しているつもりである。

 

 『ズンドコベロンチョ』はなぜ意味不明のままなのか

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その中でも『ズンドコベロンチョ』は異彩を放っている作品だ。物語の進め方としては、普段から小難しい言葉を使いたがる主人公のエリートサラリーマン。言葉を理解できない部下を「無能だ!」と罵る。ある日「ズンドコベロンチョ」という未知の言葉を耳にする。どうやら周りの人たちはズンドコベロンチョが何なのかを把握している様子で、理解していないのは自分だけだという状況に困惑する主人公。そして意味を教えてもらおうとしても「そんなことも分からないのか!」の一点張り。主人公は「結局ズンドコベロンチョって何なんだ!」と叫んで終わる、というある種の「因果応報」の物語となっている。
いわゆる、「ウケ狙い」路線のエピソードなのだが、この作品が特異である理由はまず「謎を明かさずに終わる」という所にある。劇中では最後まで「ズンドコベロンチョ」が何なのか明かされない。ズンドコベロンチョの意味を理解しているのは、劇中の主人公以外の人物だけなのである。「ズンドコベロンチョ」を当たり前に知っているという「てい」で話が進んで行く。そして我々視聴者も、主人公と同じように惑わされる、という仕掛けになっている。

「謎が明かされない」という仕掛けは、視聴者を強制的に「主人公の目線」にしていまう、非常によく出来た演出である。否が応でも視聴者に感情移入させるのだ。この点においても『ズンドコベロンチョ』は上手い作品だと言える。

 

 

初回放送の直後にはテレビ局に「結局、ズンドコベロンチョって何なんだ!」という電話が殺到した話も有名である。劇中でも一応、ズンドコベロンチョについてが掲載されているウィキペディアらしきものが映るシーンがあったが、その内容もめちゃくちゃであり、「現段階では定義出来ない」というのが現状である。なので、ここでは「ズンドコベロンチョの意味」ではなくて、「ズンドコベロンチョという作品が何を我々に伝えたかったのか」を見ていきたい。

 

 

分からないことを分からないと言って何が悪い!

リメイク版の劇中冒頭で、主人公が部下に「何だ!コア・コンピタンスの意味も知らないでコンサルやってるのか!」と小馬鹿にするシーンが描かれる。そもそもコア・コンピタンスとは何なのだろう。ウィキで調べたら下のように出てきた。

コア・コンピタンス (Core competence)とは、ある企業の活動分野において「競合他社を圧倒的に上まわるレベルの能力」「競合他社に真似できない核となる能力」の事を指す。
コアコンピタンス - Wikipediaより

なるほどなるほど…。だがこんな言葉、普通に生活してたらまず使わないだろうw

たとえコンサルタントの中では常識中の常識であっても、初めて聞く人には優しくない言い回しである。そんな主人公も「ズンドコベロンチョ」の意味を求めて奔走するハメになる。誰も教えてくれないという苦悩を抱えたまま因果応報の物語は幕を閉じる。

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この作品が提示したテーマは「分からないことを分からないと言えない社会への風刺」だと私は感じている。記事の冒頭でわざわざ「教えてもらってないのに怒られた!」といった話を書いたのは、我々もバイトや仕事でこういった場面に幾度も晒される事になるからである。私が大学一回生の頃に学習塾でアルバイトをしていた時も、「知らない事、教えてもらってない事」でトラブルがあった。そんな場面でも「教えてもらってないです」と言えば「ゆとり世代」「使えないやつ」の烙印を押される事もあるのだ。「教えてください」と頼んでも「自分で考えろ!」と切り捨てる人もいる。

 

 

「そんなの常識だ!」は上司の常套句である。だがその「常識」は一体誰が決めたのか、そもそも知る機会はどこにあるのか、なぜ「分からない、知らない」と言っても素直に教えてくれないのか、こういった若者のモヤモヤを作品として昇華した『ズンドコベロンチョ』は本当に傑作だなと私自身感じている。

そもそも本作品は1991年が初回放送である。放送当時も大きな反響を読んだが、24年後、2015年のリメイクも相変わらずの高評価であった。24年という期間は決して短くはない。当時24歳の新入社員も今では単純計算で48歳になる。つまり初回放送の世代は現在、それなりに偉い地位に立っている頃かもしれない。世代交代をしても未だに『ズンドコベロンチョ』が高評価なのは、「どの世代にも同じような経験がある」からではないだろうか。

わざわざ24年越しのリメイクをしたのは、自分たちが上司になった時、部下の「分からない」を受け入れられるか?という挑戦状なのかもしれない…。