シゲの鑑賞日記(仮)

主に趣味(アニメ、仮面ライダー、ポケモンなど)を自由気ままに語りますヾ(๑╹◡╹)ノ" 特に、アニメの感想などをつらつらと書いていくつもりです^ ^

田舎の泥臭さについて語りたい〜『おおかみこども』と『ひぐらし』を見て〜

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こんにちは、シゲです!

私の通っている大学のとある科目で、『おおかみこどもの雨と雪』を通して地域のコミュニティ形成を学ぶ、という変わった授業を行なった。なぜ『おおかみこども』をチョイスしたのか甚だ疑問であったが、私自身細田さんの作品は好きなので授業というよりはむしろ純粋に"映画"を楽しんでいた。

肝心の授業についてはあまり真面目には聞いていなかったのでうろ覚えなのだが、あの田舎の生活を受け入れる事こそが「コミュニティ」に入る上で重要だ!的な内容だった気がする(本当にうろ覚えなので勘弁…)つまり「郷に入っては郷に従え」という事なのだろう。

 

『おおかみこども』のテーマは「生き方の選択」だったと思える。人間として、と同時に狼として生きやすい場所、それがあの「田舎」だったのだろう。あの広さなら遠吠えしても近所迷惑にならないし、狼の姿でかけっこするにも十分なスペースである。ラストシーンでその「生き方の選択」を迫られた時に雪は人間として、雨は狼としてそれぞれ別の生き方を選択したシーンが描かれる。

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ものすごくザックリした説明だが恐らくこの解釈で間違いはないはずである…。が、私は「地域のコミュニティ形成」を『おおかみこども』で学ぶには、あまりにも田舎の泥臭さが足りなすぎると思うのだ。というのも『おおかみこども』自体「田舎」を全面的に押し出すような作品ではないと私自身感じたからだ。(前作の『サマーウォーズ』はかなり田舎要素が強かったが、どちらかというと"煌びやか"な印象だったなと…)。

 

いや確かに『おおかみこども』では育児の大変さや、田舎での生活の"慣れなさ"は描いてはいるものの、田舎を学ぶ上で1番重要な泥臭さ、つまり"負の部分"については全く触れていないのだ。(これは『おおかみこども』が作品としてダメとかそういう事を言いたい訳ではなく、あくまで「田舎のコミュニティ」を学ぶ上で『おおかみこども』を教材として使うのはナシじゃねーのって話です。ご理解お願いしますm(_ _)m)

 

ではその田舎の「泥臭さ」とは何なのかこれから見ていきたい。ここからは半分愚痴みたいなものなのでご了承ください。そもそも田舎の定義は何なのだろうか。田舎のイメージはなんとなく「自然がいっぱい!」「交通の便が悪い」「空気がきれい!」「スローライフ!」というもので、悪い部分はせいぜい「交通の便」くらいだと思われがちである。だが私はこれに「民度が低い」「祭りや風習がある」「葬式で接待しなければならない」の3つを加えたい。

私の今住んでいるところは所謂、住宅街である。心斎橋や難波、東京なら新宿のような大都会なんかでは決してない。それでも交通のアクセスは最寄駅が複数存在し、かなり良い方である。買い物に行きたい時もスーパーまで歩きで行ける。そのスーパーだってたくさんある。私自身とても住みやすい地域だと思っている。だが何故か私の周りには「ここらへんは田舎だ」と感じる人が多いみたいだ。私はそういう話を聞くたびに「本物の田舎を舐めちゃダメだ…」とどうしても思ってしまうのだ。私の住むところでは風習なんてものはないし、プライバシーもある程度は守られている。(というより、そもそも地域を都会、田舎で二分してしまう事自体がナンセンスなのではないだろうか)

 

ここからが本題である。私が田舎の泥臭さを感じたのは昨年に葬式で父の実家に帰らなければならない時だった。その実家はメチャクチャ田舎であった。不満だったのは家に頻繁にハエやカメムシが現れることでも、交通アクセスの不便さでもない。葬式に参列する"組"の人たちの民度の低さである。「組」なんて言葉、普通に暮らしていたら「○年○組〜」くらいでしか使われないだろう。なんか昔に「隣組」だのよくわからん組織があった気がする。たぶんその名残だろうか。葬式が終われば会食をするのが決まりなのだが、「組」の人たちは我先に!我先に!とメシに食らいつくのである。カルパッチョのサーモンだけ独り占めして下のタマネギは全部残すわ角煮があれば角煮独り占めで残ってるのはニンジンと白菜が数切れだけ。

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これが本当に大の大人(それも70くらい)がする行動なのだろうか。ちなみに言っておくとバイキングではないので出される料理の数は決まっている。つまり独り占めすれば割りを食う人間が必ず出てくるのだ。しかも私たちはそんな一度も世話になった覚えのない組の人に酒を注ぎ回らなければならないのだ。「いや〜お世話になりました!来てくださってありがとうございます(^ ^)」などと毛ほども思ってないのに接待を強いられるのである。ハッキリ言ってうんこである。

ここまで田舎の「組」に関する苦言を呈してきたが、他にも「ゴミを出す時にはゴミ袋に名前を書かなければいけない」とかいう謎ルールがある。誰が何を捨てたのか丸わかりである。同人誌なんて買おうものなら、あの閉鎖的な空間ではものの一瞬で噂話になる。(そもそもあんなど田舎で同人誌を入手する手段はあるのだろうか…)

 

上で『おおかみこども』には田舎の泥臭さを感じないと言ったが、逆にドロドロした田舎が描かれている作品は『ひぐらしのなく頃に』だと思っている。特に園崎家関連は非常にリアルである。園崎家での姉の優遇っぷり、しきたりにとらわれ過ぎの村人、そして「ケジメ」が例である。魅音と詩音が入れ替わって集会を開いた時に、誰1人として妹の詩音を心配する者がいなかった場面なんかリアルすぎて冷や汗をかいた。まとまりもなく愚痴も入れながら2,000字も書いてきたが何が言いたいかというと田舎の実態は想像してるよりもヤバいぞ!という事である。乱文失礼しましたm(_ _)m