シゲの鑑賞日記(仮)

主に趣味(アニメ、仮面ライダー、ポケモンなど)を自由気ままに語りますヾ(๑╹◡╹)ノ" 特に、アニメの感想などをつらつらと書いていくつもりです^ ^

『アクセルワールド』と『ソードアート・オンライン』はどこで差が生まれたのか

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こんにちは!シゲです(╹◡╹)

ソードアート・オンライン』の劇場版が公開されてだいぶ経ちましたね!mステでもLiSAさんが主題歌を歌っていたのが印象的でした!皆さんはもう見に行きましたか?!私は結局見に行かずじまいでしたが…

今回は川原礫氏の代表作、『ソードアート・オンライン』(以下、SAO)と『アクセルワールド』を比較していきたいと思います!

 

まずは両者の共通点から見てみよう。設定としてまず挙げられるのは「仮想世界」の存在である。「異世界転生もの」では使い古された舞台だが両者は「ゲーム」という媒体を通した世界である、という事が他の作品とは一線を引いている部分である。この「ゲーム」設定は創作においてかなり融通が利くものだと思っている。

同じ「異世界転生もの」の中には「現実と異世界とのギャップ」が不自然に映る作品が多いと感じている。(転生前はニートなのに強いなど…)

そこで「ゲームの世界」は、この「現実と異世界とのギャップ」に感じる違和感を完全に解消できる1つの要素であると私は考える。

両作品の主人公は「生粋のゲーマー」である。なのである程度、「ゲームの世界」へ移動してもその強さには説得力があるように感じる。

最近放送していた『幼女戦記』は異世界転生ものの中でも「主人公は管理職のサラリーマン」という設定があるため、転生後のあの戦略家っぷりには十分頷けると言えるだろう。

このように、「主人公の強さに十分な理由づけがされている」という事が異世界転生ものでは重要なのではないか、と考える。その理由づけに「ゲームの世界」というものは非常に便利だったのだ。

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そして、「仮想世界」だけでなく「現実世界」と並行してストーリーが進んでいくのも両作品の特徴である。『SAO』における直葉とアスナを巡った問題、『アクセルワールド』の友達同士のすれ違いや能美の陰謀など。こうした「仮想世界」と「現実世界」を頻繁に切り替えてストーリーを展開できるのも、ゲームの「ログイン」「ログアウト」という手軽さを上手く使った結果と言えるだろう。

 

ここまでが『SAO』と『アクセルワールド』の共通点である。それでは次に、両作品の相違点を比べてみよう。

まずは主人公の特徴。

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『SAO』のキリト

・「イケメン」とは名言されていないが、中性的で整った顔立ち

・「βテスター」なので最初から活躍できるほどの強さ

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対する『アクセルワールド』のハルユキは

・太っていていじめられっ子

・ゲーマーではあるものの、序盤から苦戦が目立つ

という風に真逆の性質を持つ主人公である。

主人公の性質が違えば当然、ストーリーの運びも異なってくる。

『SAO』

・基本的には「主人公最強系」のストーリー

アインクラッド編、GGO編、マザーズロザリオ編のユウキように、「死」と隣り合わせで緊迫した話が多い

・ヒロインを掘り下げる話が多い

 

アクセルワールド

・いじめられっ子が這い上がる「成長もの」のストーリー

・友達とのすれ違いやいじめなどの、人間関係のいざこざが目立った作風で、ドロドロとした雰囲気を感じる

・話の大筋をメインで描いているので、ヒロインを掘り下げる話は『SAO』ほど多くない。

 

ここまで比較していると世界観自体は共通で似た設定ではあるものの、話の方向性としては全く逆である事が分かってくる。

 

 では何故『SAO』の方が人気が出たのだろうか。それは勿論、『SAO』のストーリーの方がウケが良かったからだろう。

「主人公最強系」は苦戦する展開が少ないのでストレスなく見れる上、「修行」や「挫折」といった部分も必然的に少なくなるので話のテンポも良くなる。

また『SAO』はただの「主人公最強系」ではなく月夜の黒猫団でのサチの死や、GGO編で語られた「ラフコフの一員を殺した罪悪感」などの主人公が苦悩する場面もしっかりと描かれていた点も評価できるだろう。

 

また、アスナだけでなく直葉やリズのように、他のヒロイン達との絡みなど「切ない恋愛要素」が散見されたのもキャラを掘り下げる上で重要だったと感じている。

そして上でも述べた「死と隣り合わせ」な展開は「ゲーム」という自由の利く要素を扱いながらも、常に緊迫したシーンを描く事を同時に達成した"上手い"作品であった。まさに「これは、ゲームであっても遊びでない」というキャッチコピーを体現したアニメだと言える。

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対する『アクセルワールド』は一言で言えば「成長もの」である。成長ものの作品は古くからの王道展開ではあるが、深夜アニメでは良くても2クール、ほとんどは1クールという制約がある。それも相まって「成長もの」という尺を多くとるような作品は最近の深夜アニメでは作りづらいジャンルなのかもしれない。

また「いじめ」という 心に刺さるようなテーマを扱っているため、見るのにかなり精神を消耗していまう作品だったなと思う。アニメだろうがいじめのシーンは見るのが辛い!という人も当然多かっただろう。

つまり、"気軽に見れるアニメ"とは到底言えないような作風であった。これも『アクセルワールド』が『SAO』と比べてウケなかった理由の1つであると考える。

 

「成長もの」の作品のデメリットが浮き彫りになったアニメだった。最終的には能美を倒してスカッとジャパン状態でハッピーエンドなのだが正直、能美を倒すまでの道のりが長すぎた感が否めなかった。

ハッピーエンドに至るまでがあまりにハードな展開すぎて見るのがしんどい上、しかもそのハードな展開をかなり引き伸ばしてきたのだ。その分、倒した後のスカッと感が半端なかったのだがそれにしても引っ張りすぎな印象だった。

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 ここまで批判ばかり書いてきたが、何も悪い部分ばかりの作品ではない。

実のところ、私は『SAO』よりも『アクセルワールド』の方がお気に入りである。『SAO』以降、主人公最強系アニメが多くなってある種の「マンネリ」を感じていたため、純粋な「成長もの」アニメを見てかなり楽しむことができたのも事実である!

心意システム、スカイレイカーやアッシュローラーとの絡みなど「成長もの」の必須条件である「挫折から立ち上がる」描写もしっかりと描かれていたのでそこは個人的に好感が持てる部分である。アッシュさんがいい人すぎて泣いてしまったのも記憶に新しい!

また、「加速世界」という設定も「限界を越える」という本作品のメッセージを提示する上でかなり重要な役割であったと思う。「もっと先へ、加速してみたくはないか?少年」という黒雪姫のセリフはまさにこの物語がどういうものなのかを表している。

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総じて、いいアニメなのだがやはり「成長もの」のマイナスな要素も見え隠れしていたなと感じる作品だった。

『SAO』と『アクセルワールド』世界観は同じで話の方向性が真逆な2作品は、やはり"作品の見やすさ"が差を生み出したのではないかと考える。一般受けするのが『SAO』だとしたら『アクセルワールド』はややコアなファン向けと言うべきなのか…。

 

「主人公最強系アニメ」は『SAO』以降、『魔法科高校の劣等生』『オーバーロード』『ワンパンマン』と数々のヒット作に共通するジャンルへとなった。やはり時代は今、「主人公最強系」に落ち着くのかもしれない。

アニメまで「即戦力」が求められる時代になったという事なのだろうか…。