シゲの鑑賞日記(仮)

主に趣味(アニメ、仮面ライダー、ポケモンなど)を自由気ままに語りますヾ(๑╹◡╹)ノ" 特に、アニメの感想などをつらつらと書いていくつもりです^ ^

『Angel Beats!』の仲村ゆりはいかに完璧な去り方をしたか

f:id:Skarugo0094:20170403230346p:image

こんにちは!シゲです(^^)

今日何気なく、ずっと前に録画していたAngel Beats!の12話と最終回を観ていたら「仲村ゆり」というキャラが本作品においてどれほど重要な人物であったのかを改めて知らされた…!

今回は麻枝准の名作、『Angel Beats!』について、特にゆりっぺこと「仲村ゆり」というキャラを掘り下げて語りたいと思います!

 f:id:Skarugo0094:20170403231102j:image

まずはこのAngel Beats!がkey関連作品の中でどういった位置づけだったのかを見ていく。私自身、この作品は歴代keyアニメの中でも「新しい進化を遂げたkey」という言葉がしっくり来ると思っている。というのも、Angel Beats!以前と以後ではkey作品のカラーが変わってきたという印象を抱いたからだ。

 

これまでの『kanon』『AIR』『CLANNAD』はゲーム自体の古さもあり、良くも悪くも90年代アニメのようなキャラデザであった。そしてテーマもそれぞれ冬、夏、春を表していて季節感が全面的に出ている作品だった。

f:id:Skarugo0094:20170403231312j:imagef:id:Skarugo0094:20170403231342j:image

ゲームの発売時系列ではこの後に『リトルバスターズ!』が来る。キャラデザに大きな転換が見られるのはリトルバスターズからである。が、基本的には1キャラ1ルートの『個別ルート型ドラマ』というスタンスは守られてきた。

 f:id:Skarugo0094:20170403231535j:image

Angel Beats!ではどうだろうか。キャラデザ面でも今風(と言ってももう7年前の作品だが…時が経つのが早すぎて驚く!)で、キャラクター自体の数も多く、第1話の時点で強烈なパンチを浴びせられたようなインパクトを感じた!

また、今までの『個別ルート型ドラマ』も一部使われているが尺の関係上メインキャラクターのみ掘り下げる形となっていて、後は「この世界と神の存在」を巡るという話の本筋を描いていくスタイルであった。

 そして『ガルデモ』のバンド要素など、当時けいおんが流行っていた事もあり、流行の要素を取り入れた部分も見られる。この音楽要素は後に『charlotte』にも引き継がれてゆく。

 

設定もこれまでのkey作品では「キャラクターが劇中で死ぬ」描写を使って視聴者を泣かせる演出が多様されていたが、今回ではなんと「死後の世界」。最初からキャラクターが全員死んでいるというスタートである!麻枝准自身もこれまでの「死」というテーマの陳腐化に悩んだ結果、「最初から死んでいる」という設定に行き着いたという。

 

key作品の中でも新しい挑戦をしたAngel Beats!だったが、これまでのkey作品で恒例だった『野球要素』や、リトルバスターズで見せた『キャラクター消滅のカタルシス』については色濃く型を残していると思う。

つまり新要素に足を踏み入れながらも、過去のkey作品をオマージュした伝統的な部分を取り入れた「ハイブリッドな作品」だったと感じている!(それ故に色々取り入れすぎて消化不足になった所も無視できないが…)

f:id:Skarugo0094:20170403231854j:image

 

長々と前置きを書いてきたが、本題に入ろうw

私はタイトルで「仲村ゆり」の去り際が完璧だったと述べた。「メインヒロインなのにあっけなく消えたのが納得いかない!」という意見が多数であると思う(そういう気持ちももちろん分かる!)が、あえて私は「完璧」であると宣言したい!

 

この作品が提示したテーマは「自分の人生は何ものにも変えられない」というものであった。そのテーマを描く上で最も重要な人物が「仲村ゆり」だったと思っている。

特に12話では彼女の心の葛藤が端的に描かれている。影に取り憑かれそうになった時に、楽しげな教室のシーンでゆりっぺが生前に味わうことができなかった、煌びやかな学校生活をまじまじと見せつけられる。

 

ここでゆりっぺは、「たとえ生まれ変わったとしてもそれは別人の人生であって、自分の人生なんかじゃない」という心の叫びをあげる。「辛かった人生」を自分の人生として受け入れなければならないという葛藤を表しているシーンだった。

 f:id:Skarugo0094:20170403233233j:image

その後の第2コンピュータ室で、何やら不穏な雰囲気を醸し出す青年と対峙する展開も胸が熱くなる…愛していた兄弟をたった10分で奪われたゆりっぺが「人間というものは、たったの10分だって我慢してくれないものなのよ」と言いながらマシンガンをコンピュータにぶっ放すシーンは見ていて爽快だった!

f:id:Skarugo0094:20170403232116j:image

そして12話ラストの「私を突き動かしていたものが消えていく」というセリフは彼女自身の葛藤が消えて、自分の人生を受け入れた瞬間だった。ここでゆりっぺの兄弟が出てきて「お姉ちゃんありがとう!」「もうお姉ちゃんだけ苦しまなくていいんだよ!」というシーンは何回観ても涙腺崩壊してしまう!

 f:id:Skarugo0094:20170403232805j:image

このシーンのバックでBrave Songが流れるのが何ともズルい…!この曲自体、ゆりっぺの心の葛藤を表しているから、尚更ズルいのだ!

「いつかみんなと過ごした日々も忘れてどこかで生きてるよ その時はもう強くなんかないよ
普通の女の子の弱さで涙を零すよ」という大サビをエンディングに持ってくるなんて、どこまでズルいんだ!

歌詞に「普通の女の子」とある。彼女はこの瞬間に「死んだ世界戦線のリーダー」から「普通の女の子」に戻ったのだ。これまでリーダーの体裁を保つためか涙を流すことはなかったゆりっぺだが、ここで初めて涙を流すのもまた感慨深い!

 f:id:Skarugo0094:20170403233249j:image

では肝心の最終回、彼女はどのような去り方をしたのか。一人一人音無と言葉を交わした後に消えてゆく(カットが切り替わった瞬間に消える演出は本当にいい!)。

直井→ゆりっぺ→日向→奏の順で消滅するが、つまりゆりっぺはその辺の(と言ったら語弊があるが)男キャラと同様の扱いで、特に主人公に特別な感情を抱いているわけでもない、1キャラクターとして処理されたのだ。

しかし私はこれで良かったと思っている。音無はゆりっぺに「リーダーっぽくなくなったな!」というセリフを発していた。つまり彼女はもう「普通の女の子」。なので去り際も「普通」で逆に良かったのではないかと私自身感じている。

呆気なく感じる人ももちろんいるだろう。しかしそれも含めて私は「ゆりっぺの去り際」において必要な要素だったと思っている

 f:id:Skarugo0094:20170403233314j:image

Angel Beats!、作品としての粗は無いわけではない(例えばキャラが多すぎて掘り下げが甘かった所、エンジェルプレイヤーの唐突な説明など)また、1クールという制約も尺の関係上やはりキツかったなと感じる。本当に「惜しい!」「もうひと声!」と言いたくなる作品だった。しかし私はこの「仲村ゆり」というキャラを通じて、この作品の「人生」というテーマをひしひしと感じさせられたのだ!

 

有名な10話の日向とゆいの関係性も良かったが、個人的にラスト2話で描かれた「ゆりっぺの人生観と葛藤」が一番この作品で気に入っている部分だ!

ありがとう、Angel Beats!

f:id:Skarugo0094:20170403233517j:image