シゲの鑑賞日記(仮)

主に趣味(アニメ、仮面ライダー、ポケモンなど)を自由気ままに語りますヾ(๑╹◡╹)ノ" 特に、アニメの感想などをつらつらと書いていくつもりです^ ^

胃下垂の自分が体重50キロから60キロに増量させた方法と、変わったこと

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大学入学時、恥ずかしながら私の体重は50キロ前後で、同世代の中でもかなりのガリガリ体型でした。一番最初に大学で行った健康診断では何と48キロ!腹が減っているタイミングで測ったという事もあり、普段以上に痩せた数値になってしまった!

 

高校時代までは見た目にあまり頓着していなかったが、大学に入ってみると周りはガタイが良くてどんな服でも似合うイケメンばかりで、流石に焦った。とりあえず髪型や服装だけは大学生っぽくしようと奮起し、「ギリ大学生っぽい」ようなコーディネートに成功。

しかしそこで「体格」という、生まれ持ったパラメータの低さが重くのしかかってきたのだ。

 

男で体重50キロは皆が想像してる以上に凄まじい。それだけでなく自分は擁護できないレベルの「なで肩」だったので、外見はより弱そうに見えてしまい「男らしさ」が皆無だった。

そこで私は「とりあえず55キロまでは増やしたい!」と思い、さまざまな工夫を重ねる事にした。

 

55キロへの道のり

意識したのは「食事」「筋肉」だった。

やはり太るには食いまくるのが手っ取り早い。食堂のご飯は中サイズから大サイズに変えた(そうする事で一回あたりのカロリーをおよそ300kcaほど増やす事ができた。炭水化物の力ってすげー!)

また、食事の内容も炭水化物のほか、筋トレとの兼ね合いを考えて鶏胸肉を豊富に摂取。タンパク質はだいたい1日に300グラムは低くても取るようにしていた。あと、卵と納豆も手軽なタンパク質源。

 

あと、大学生にありがちな朝昼兼用みたいな、一食を抜くことは絶対にしなかった。抜いた分だけ一日のカロリーが減るからだ。しかしそれだけでは全く体重が増えなかった。何故なら私は「胃下垂」であり、消化の効率が悪い体質だった。そこで使用したのがエビオス錠と呼ばれるビール酵母サプリメントだ。巷では精力増強効果があると言われるこのサプリだが、自分はそうした効果は実感しなかった。

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ビール酵母は胃の動きを活性化させて消化を助ける働きをするので、消化効率の悪い自分の体にはピッタリである。朝は胃がもたれるほど食べないので、特に多くのカロリーを摂取する昼と夜のみ摂取した。一回につき10錠なので、結構大変。その結果、胃の動きが良くなったのか摂取した日の翌朝は空腹で目覚めるほどになった。確実に効いている証拠である。

 

そしてカロリー摂取以外に行ったのが二つ目の「筋トレ」だ。とは言っても自分自身、元々全くと言っていいほど運動の習慣がなかったので、ハードなものは行わないようにした。運動が苦手な自分が、無理なく筋トレを継続するには「自分でもできるレベル」のトレーニングである必要があった。

 

具体的には一般的な腹筋・腕立て伏せ・エセスクワットをそれぞれ30回ずつだ。筋トレガチ勢からすればトレーニングのうちに入らなそうなメニューだが、これでも始めた当初は全身筋肉痛になりました。しかしこの痛さがまた心地良い。部活と違って自分のペースでできるのが筋トレの良い所だ。

 

エセスクワットに関しては、足首が硬すぎて昔からひよこ座り(うんこ座り)しても踵が地面につかないレベル。一応これでも元水泳部。

そこで使ったのが、大学で使う「武隈ミクロ」と「例題で学ぶ計量経済学」のテキストだ。

これらはかなり分厚い教科書なので、自分のように踵が地面から離れる人にはピッタリの補助器具だった。そうする事で不安定な足元を固定する事ができ、より効果的なスクワットができたと思っている。例のごとくスクワットにも精力増強効果があるらしい。それ目的でやる人も結構多いと聞く。

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55キロから60キロの道のり

 

上記の食事・筋トレをした事で、何と1ヶ月程度で体重55キロに到達。その後は食事の量を毎日変えずに生活することで、プラスマイナス56キロ程度をキープ。というよりも伸び悩んだ。しかし自分としては、BMIの標準値となる61キロに到達したかったので(低身長がバレそう)、ひとまずこれ以上減らないように気をつけた。

あと、太り過ぎて一回生の時に使っていたスーツが入らなくなったので、極端な増量計画はここで一旦終了。

 

大学4回生4月時点の体重は55.7キロだった。しかし思わぬところで体重60キロに到達してしまった。薄々予想していたかもしれませんが、就活でここ最近忙しかったんですよね。どうしても面接前にはカフェやらファミレスやらでガッツリとパワーをつけたいと思い、カロリーが高いものを食べる機会が増えてしまった。

かといって、就活中は筋トレをしていたわけではないので完全に脂肪がついてしまいました。

というわけで、55キロから60キロの道のりは「就活での生活リズムの変化」によって成し遂げられてしまいました。とは言え、あまり良い太り方じゃないのでこれから筋トレ再開せねば…。

 

10キロ太ったことで起こった変化など

 

まず見た目ですけど、筋トレ+全体的に丸みを帯びた事でガタイが良くなりました、今まで夏服着るとガリガリが際立つので嫌だったんですが、今では堂々と着られるようになりましたね。あと、個人的に以前よりも健康的な第一印象ですね。少なくともぱっと見で「大丈夫か??」と言われるような見た目ではなくなりました。

 

あと、55キロ到達時点で感じたのが「暑がりになった」事です。太っている人は熱を帯びやすいと聞いたことはありますけど、5キロ太るだけでもかなり実感しました。50キロと55キロは「ガリと普通の壁」な気がするので、やはりそこでの変化は大きかったなと。

 

これは筋トレの成果かもしれませんが、「疲れにくくなった」のが個人的に嬉しいポイントです。何となく以前までは家事など、何をやるにしてもすぐ疲れてしまったり、エネルギーを使いたくない性格だったのが、筋トレを通じて気分的に楽になった気がします。

 

最も変化を感じた瞬間は「電車」です。椅子に座るとこれまでは何も感じなかったのが、めちゃくちゃ座り心地が良く感じました。座った瞬間に椅子が凹む!55キロ時点でも実感しましたが、さらに5キロ増えた今ではもっと実感します。

 

デメリットとしては家のベッドまで凹むようになったのと、あとは上で述べた「スーツが入らない」事ですね。ああいうのは太るとすぐに着られなくなるので、今後は少し気をつけねば…。しかし個人的に増量で感じたメリットはかなり大きかったので、見た目にコンプレックスを感じる男性は是非、挑戦して欲しいですね。

アニメ『ロックマンエグゼ』で印象に残った回をまとめました

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既に3ヶ月もの間、更新が途絶えてしまったためか、はてなブログに広告がチラつくようになった。「この広告は1ヶ月以上更新のない場合に表示されます」という、半ば晒しあげのような不名誉なレッテル貼りだ。リアルの忙しさルナティックだったので仕方ない。

 

アニメ感想ブログなのにアニメのことを一切更新しないのは自分としても気分が悪いため、今回は「記事にしやすそうな作品」を紹介しようと思います。『ロックマンエグゼ』です。おそらく現在大学の3〜4年生あたりがドンピシャ世代ではなかろうか。自分は2の途中までやっていた。途中でアメロッパか何かの行き方が分からずに放り投げた思い出。

 

dtvで全シリーズ上がっていたのと、脚本に『ウルトラマンネクサス』、『仮面ライダードライブ』の詩島剛闇落ち編で大活躍したあの長谷川圭一先生が参加していたので見るっきゃなかった。基本的に平和すぎる世界観なのだが、中には色々な意味でカオスだったり、子供にはまだ早そうなやばい回もあるほか、時には社会風刺にも挑戦するような、良くも悪くも「てんこ盛り」のアニメだ。今回は踏み込んだ考察とかではなく、単に印象に残った回を紹介していこうと思う。

 

18話 暗躍!ワールドスリー!

19話 戦慄!悪魔チップ!

 

いわゆるロールちゃん闇落ち回。序盤のヤマ、「N1グランプリ編」でそれは起こった。犯罪集団のワールドスリーの一味が、日暮先生に変装して怪しげなチップをメイルちゃんに渡し、それが原因でナビのロールちゃんが暴走という流れ。個人的に闇落ちといって安易にボディを真っ黒にするのではなく、妖艶なアイシャドウが加わるところが非常にポイントが高い。しかも驚くべきは1話完結ではない点だ。バンキシャのあのBGMをバックにロールちゃんがさらにパワーアップし、高らかな笑い声で何とそのまま次回まで引っ張るのだ。流石としか言えない。

 

 

チップの取り外しも困難で「おいおいどうすんだ」と思いきや、いつもの「感情に訴えかける」という、よくある展開でロールちゃんに説得を試みる。それでもうまくいかない。いつもならばここで元に戻ってハッピーエンドなのだが、妙な拘りを感じる。製作者はノリノリである

 

しかし、新たにチップを装填することですでに挿入済みのチップが外れるという、とーっても簡単な方法で闇落ちが解けるのだ。いや確かに「目を覚ませ!」で本当に目が覚めるよりは幾分マシなはずだし、ロジック的にも有りなんだろうけど、あまりにも呆気なさすぎてね…。

 

30話 エレキママの電撃作戦!

 

エレキ伯爵の株が上がった回。優秀な兄と比べられて劣等感を抱いて生きてきた弟のエレキ伯爵に共感した人も多いはず。エレキママが伯爵に喝を入れるのだが、兄を引き合いに出して露骨に嫌な反応をする伯爵。ナビがダメージを受けると自分も電撃を食らうデスマッチ戦で熱斗と対戦。普通に火事になりそうだし、実際この後の回には電撃デスマッチが起因して火災になる展開が待っている。

 

 

バトル後、久々に会えたと思った母親の姿はいつのまにか消え、残っているのは母の墓石のみ。兄を引き合いに出したのは他でもなく、自分を奮起させる為だと知った伯爵。何ともしんみりさせられるような回だった。エレキ兄弟の確執については、だいぶ後になってから回収されるので最後まで見届けよう。

 

35話 ダム決壊0秒前!

 

サロマさんの幼馴染のダイスケがクイックマンを使って、氷室家のダムの稼働を妨害する。長谷川脚本。しかしダイスケの狙いはあくまでも脅迫の域を超えず、最初からダムを崩壊させるつもりは無かった。するとクイックマンの背後からゴスペルの一味・カットマンが襲いかかる。かわいい風貌の割にえげつないキャラに仕上がっている。原作でもそんな感じでしたね。

 

一番の見所はサロマさんがラストで環境破壊をする人間たちに何かを訴えかけるように呟くシーン。単純な勧善懲悪ではなく、本当の悪はむしろ我々なのかもしれないという、一昔前までの特撮を思わせる意味深な回だった。

 

36話 デンサンシティ南極化計画!

37話 紅い閃光!

 

ヒートマンの初登場回。この二話は同じストーリーを熱斗目線・ヒノケン目線の2つの視点から展開した構成になっている。ここでもワールドスリー一味の株が上がる。フリーズマンに敗北し、デリート寸前になったヒノケンのナビ・ファイアマンの生まれ変わりとして、ヒートマンを名人からもらう。ファイアマンの敵討ちを目標に再び戦いに身を投じるヒノケンがひたすらカッコいい回。

 

51話 崩壊の刻!

 

ゴスペル暗躍編の最終回。エレキ伯爵とガウスの兄弟決戦の回でもある。フォルテの影響で体にバグが発生し、ロックマンはピンチに。そこで熱斗は諸刃の剣・エキストラコードを送り、バスターでマグネットマンを倒そうとするも、バグの影響で照準が定まらない。そこでエレキ伯爵のナビ・エレキマンがマグネットマンを抑えて、構わず打つように頼む。そのまま両者ともバスターを浴びてデリート。元ワールドスリーかっこよすぎかよ。

 

その後ロックマンはバグスタイルに変貌、ゴスペルを吸収して暴走し、ネットシティが次々と崩壊していく。ここの作画がいつも以上に力が入っていてびびる。収拾がいよいよ怪しくなってきたと思われたが熱斗くんの説得により崩壊は免れる。あるキャラとの邂逅・呼びかけが起因して世界を救うゼロ年代セカイ系を思わせる展開と言えなくもない。

 

振り返ってみると、基本はギャグかつ随所にガバい展開がありながらも抑えるところはしっかり抑えた、良質な子供向けアニメだったと思う。続編の視聴はまた時間があれば…。

名前が変われば別人になった気がするアレについて

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4月1日からは新年度ということで、みなさん忙しい日々を送られているでしょう。そう、4月というのは知ってのとおり「クラス替え」「入学」「年度初め」と、変わり目の時期であり環境がガラッと変わってしまう瞬間だ。初めて会う人も多く、慣れない生活に身を”置かれ”て精神的にまいりやすいシーズンでもある(詳しくは「木の芽時」でググろう)。しかし中には、前から知っている人のハズなのにどういう訳かこれまでと雰囲気が全然違うような、つい「お、お前どうしたんだ??」と台詞が出そうなほど変貌を遂げるヤツが現れる。毎回絶対現れる。実際、私の身近なところでも"それ"は起こってしまった。

https://www.google.co.jp/amp/s/www.asahi.com/amp/articles/ASL1T4S92L1TPTIL00Y.html

 

この4月から大阪市営地下鉄は「osaka metro」へと名称を変更したとのこと。通りで乗り換え案内アプリを使った時に変な名前が出てくるわけだ。言ってしまえばこれまで真面目クンだった人が大学に入った途端、あたかも前から陽キャラだったかのように振る舞う「大学デビュー」を果たしたわけだ。東京メトロという、クラスでも人気のウェイ系を真似た結果、「大阪メトロ」というどうあがいても二番煎じの変貌ぶりには驚きを隠せない。けれど、そうした違和感を抱くのはあくまでもこれまで「大阪市営地下鉄」として接してきた大阪民のみであり、ほかの県の人や外国人を相手にした時は「前からosaka metroでしたけど何か??」と、黒歴史をひた隠しにして接するような、随分とセコイ手のように感じる。

 

だがちょっと待ってほしい(朝日新聞論調)。「名前が変われば別人になる」のは我々も同じなのではなかろうか。例えばツイッターアカウントだ。ハムスター系男子の「きよるん」が2chまとめで集中砲火された際には「カマドウマ大学生」へと転身し、最終的には炎上しすぎた挙句カリッと焼けたフライドポテトに変わったではないか。そう、ツイッターでは「転身」が当たり前のように行われている。「これまでの自分を捨てる」という決意は、かなり勇気を要する行動だが、ツイッターではいとも簡単にそれが出来てしまう。名前が変わるだけならまだしも「複数アカウント」を用いることで、自分の人格を無数に増やすことだって可能だ。

 

しかし「名前」というものはあくまでも人を判別する為の記号でしかなく、いくら名前を変えても「自分」というものは何ら変わり得ないのだ。自分を含め我々は「いつでも自分以外の人になれる"気がする"」社会に生きており、それがいい意味でも悪い意味でも「自分の中身」を試されているような気がしないでもない。

ひぐらし』で竜宮レナが「いやなこと」を忘れるために本名「レイナ」から「イ」を抜いたように、新しい生活に踏み入れようと奔走する者。『何者』で裏アカを駆使して自分以外の誰かになりたがった拓人のように、現在の自分から逃げようとする者。一口に「名前が変わる」といっても、その意味合いはプラスにもマイナスにもなり得るのだ。

osaka metroへの変貌がガワだけではない、良い意味での進化であることを願うばかりである。

野菜が美味しい

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リアルの方でとーっても忙しかったので更新できず仕舞いでしたが、生存報告も兼ねて。とりあえず何でもいいから書いときたいというのが本音で、本当はアニメ感想みたいなカッチリしたものを書きたかったけど、時間も取れないので例のごとく「食べ物系記事」で水増ししようという非常に汚いやり方である。

 

最近、私は家事に凝っている。というのも、元々スーパーの弁当で夕食を済ませていたのだが栄養面において偏ってる感が否めないのと、自炊した方が安くてたくさん食えるという理由から、多少料理や洗い物の手間ができても食欲の充足には敵わないと思ったので、簡単な炒め物やしゃぶしゃぶで野菜と肉をバランスよく摂るようにしている。

 

しかしながら、この冬は前代未聞の野菜恐慌で葉物野菜が軒並み爆上がりしていたのが非常に苦しかった。レタスも500円だし、しかもなんか小さい。それでも何とか食卓に届けようと噴気した農家の方、ご苦労様です。

今になってようやく気温が上がり、野菜も育ちやすい環境になったことでチンゲンサイが98円で買えるようになった。自炊マンにとって野菜が安い事ほど嬉しいものはない。だいたい腹が減った時は「肉!ご飯!」が真っ先に来るんですよね。自分にとって野菜はあくまで「余裕があればプラスアルファ」くらいの位置付けである。腹を満たすには腹持ちの良い炭水化物は必須だし、肉は疲労回復に必要な栄養素でビタミン・ミネラルの王様だ。そんな中でどうしても「食物繊維」の優先度が低くなりがちで、軽視してしまう。値段の変動が激しすぎる事も私の「野菜を敬遠」する姿勢に拍車をかけている。

 

ここにきてようやく野菜が買えるようになったのでチンゲンサイと豚肉の炒め物を使ってみたらめちゃくちゃ美味くて本気で泣きそうになりました。諸事情があって数日間コンビニ弁当で済ませていた反動があまりにもデカすぎた。

噛んだ瞬間にシャクシャクと新鮮な音が出て耳が幸せになる。野菜が美味しいってこんなにも幸せな事なのかと改めて思った瞬間でした。チンゲンサイだけでなくレタスも安い。しかも玉がデカい。まさに「野菜リターンズ」だ。感動の再会だ。人間に必要なのは「栄養」。すごく当たり前だけど、ここ一週間本当に実感しています。

痛みで繋がる少年少女 『キズナイーバー』レビュー

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私自身trigger作品が好きで、今期の『ダーリン・インザ・フランキス』を毎週目をキラキラさせながら観ている。ダリフラ、面白いですよね。シリーズ構成は『シュタゲ』で脚本を務めた林直孝と、『グレンラガン』監督・錦織敦史だ。キャラデザは『君の名は。』の田中将賀メカニックデザインは『ベイマックス』『エヴァ新劇場版』のコヤマシゲト氏。まさに「ぼくがかんがえたさいきょう』のスタッフ(褒めてます)だ。

 

豪華スタッフ陣が手がけるストーリーはやはり面白い。決して伊達ではないと毎週実感させられる。大人から愛を受けずに育った子供が、大人の為に戦う。決して「大人たちに使命を押し付けられている」とは知らずに。

もうこの時点で死にたくなる設定なのですが愛を知らない子供たちが、回を越す毎に「愛とは何なのか」を言葉によってではなく、ジワジワと身を持って実感していく様はもう見事としか言えない。そしてゼロツーとヒロの邂逅(いわゆるボーイミーツガールというやつです)が、世界の命運を分かつという正統派「セカイ系」のプロット。十数年前のアニメ全盛期に戻ったかのような錯覚を覚える人も多いハズだ。

 

すみません、そろそろ『キズナイーバー』の話をしなければいけませんね…。『ダリフラ』において、イチゴは(今のところ)負けヒロインの役割を担っている。たびたびヒロの事を気にかけており、ヒロのパートナーであるゼロツーに対し、きつく当たる事がある。5話あたりだっただろうか。ダリフラキズナイーバーっぽい」と言われていたのは。人間関係のドロドロに既視感を覚える者が多かったようだ。

よくよく考えたらtriggerオリジナルアニメの中で『キズナイーバー』だけ何故か見ていなかったので、この機会にコンプリートしてしまおう、と思ったのだ。

 

「痛み」で"繋がれた"人々

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キズナシステム」は受けた痛みが、自分と繋がった者たち=キズナイーバーに共有・分散されるというもの。「人は痛みを分かち合うことでしか繋がれない」という考えを基にキズナ計画を実行する。誰かが痛みを受けると、他の"繋がった者達"にも痛みが伝達される。キズナイーバーに選ばれた勝平たちは、できるだけ「痛み」を感じないように共同戦線を張ることになる。もう「自分だけの身体」ではなくなってしまうのだ。この「ある日突然、強制的に人間関係を築かされたら?」というのが、1つの問題提起であった。

 共同戦線はあくまでも「極力、自分たちが痛くならないように」する為の繋がりであって、決して彼らは「友達同士」ではないのだ。痛みを受ければ「誰が原因か」をまず探る。三話で日染の自傷行為が起因して痛みが伝わった際、真っ先に行うのは「痛みの犯人探し」であり、そこでの「他者への思いやりの精神」は極めて薄いと言えるだろう。キズナイーバーはそうした上辺の人間関係からスタートする。

 

キズナイーバーに初めて課せられた任務は「自己紹介」。と言っても単にクラス・名前・趣味を言うだけで終わる訳ではない。任務クリアの条件は「自分の一番知られたくない秘密を晒け出す」というもの。かなりえげつない。法子によればそうすることでキズナイーバーの仲が深まるとのこと。信頼関係とは往々にして仲間に自分の弱みを晒け出すことで築かれる。それは過去の多くの作品を見ればだいたい分かることだ。実際、『キズナイーバー』においても単なる共同戦線が"友達"に変わるきっかけは、ひとりのキャラクターが「胸の内を明かす」ことだった。

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「共同戦線から友達」への変化は6,7話の牧ちゃん回で描かれている。キズナシステムが心の傷にも反映されるようになったのはその前の合宿回だったが、本格的にキャラクターの「心の痛み」に触れたのはこの回だった。

牧は過去に、病弱だった同級生のルルと共同で「シャルル・ド・マッキング」名義で、シナリオは牧・イラストはルルがそれぞれ担当し、少女漫画の連載をしていた。牧とルルは女性同士だが、その実態はほとんど恋愛感情と言っても過言ではないほど親密な関係であり(いわゆるレズ)、作中においてもキズナの会のヤーマダによってそのように明言されている程だ。しかし、ルルとのあまりに近すぎる"その関係"に牧は「愛するルルを失ってしまう事」の恐ろしさを感じてしまい、牧から身を引く形で共同執筆は決裂してしまう。その後ルルは病死し、それ以降牧は心の奥でルルから逃げてしまった罪悪感を抱えたまま生きていく事になる。

 

キズナイーバーに課せられた任務は「牧を救う事」だった。牧のトラウマの核心に触れる事で、結果としてキズナイーバー間の人間関係は強固になる。痛みを感じず感情に乏しい勝平は、牧の心の痛みを受けて人間味を取り戻してゆく。法子が牧の心を弄んでキズナ実験の材料にするやり方に対して「軽蔑しました」と怒りの感情を露わにする。そこには間違いなく「友への思いやり」があったはずだ。「痛みを分かち合う事で他者を理解できる」というキズナシステムの根底にある考えが、ここで機能しているのだ。7話ラスト、牧が死んだルルの本音を知ることでようやく呪縛から解放される。と同時にキズナイーバー間でほとんど「友情」と言っても差し支えないほどの絆が出来上がる。かつて仁子に言い放った「ただの行きずりの関係」ではなくなったのだ。

 

否が応でも互いを"理解してしまう"ということ

 

 「人の痛みを知ることで、より親密な関係になれる」という前提は牧の回を見ていると正しく思える。実際、上述の通り他のメンバー(主に由多)が牧のことをより知ろうとする事で、牧自身は痛みを晒け出すことで、心の葛藤から解き放たれると同時にキズナイーバーは共同戦線から「友達」へ変わった。

しかし、そんな「痛みでの繋がり」は9話にして崩れる事になる。ヤーマダの恋愛感情を揺さぶる作戦により、キズナイーバー間で心の痛みがより強固に伝わるようになる。そしてついに「心の声が漏れる」段階にまで来てしまう。

 

勝平に思いを寄せる千鳥の「抱きしめて」の声と、それを受けて千鳥を抱きしめる勝平。それを見た天河は「千鳥はなぜ俺を選ばないんだ!」と本音がダダ漏れで勝平に殴りかかる。さらに天河のことが気になっていた仁子は「要らないなら天河くんを私にちょうだい」と漏らす。とどめの牧ちゃんは「友達になんてなれない。なっちゃいけない」。もうダメだ…。見てるこっちまでキズナで繋がれているかのような精神的ダメージを負ってしまう。お互いを理解しようとした結果、いざ本音が共有された途端に友情が破綻してしまうという皮肉めいたオチだ。

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実はこのエピソードの前に印象的なやりとりが存在する。階段で牧が、痛みに性的興奮を覚える日染に対し「前から気になってたんだけど、あんたがド変態になったのには何か理由があるの?」と問いかけるシーンだ。そこで日染は「誰彼、穂乃果さん=牧みたいなトラウマがなきゃいけないの?」と答える。

 

このシーン、劇中ではまるで日染が悪いかのように描かれているが、よくよく考えたら牧の質問はかなり"危うい"。例えば皆さんが女の子から「あなたが◯◯フェチになったきっかけは?」と聞かれたとしよう(◯◯にはあなたの好きなやつを当てはめて下さい)。この質問に真面目に答えようと思いますか?自分なら絶対出来ないですよね。いくら親密な友達であったとしても、知られたくない思想や性癖はあるし、ましてや「きっかけ」ですよ。恥ずかしくて言える筈はなく、例え日染みたいな恥知らずなキャラが相手であったとしてもその質問が無粋である事に変わりはない。端的に言えば「なぜお前に教えなきゃいけないんだ」って話です。

 

日染は他のキズナイーバーとも一線を画している。無論それは「ヤバい性癖の持ち主」である事もそうだが、何より「裏がない」ところが彼の最大の特徴だ。極端なマゾ性癖は隠す気がなく、むしろ自分から晒け出している。そんな日染ですら、牧の質問に対して嫌味とも取れる返答をしたのは「誰だって暴露されたくない部分がある」という、人間関係において最も基礎的な部分を視聴者共々再認識させる意義があったと思えてならないのだ。

 

総括 『キズナイーバー』とは何だったのか

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「痛みをシェアして互いを理解する」から「否が応でも理解し、理解されてしまい人間関係が破綻する」へと変貌した『キズナイーバー』の物語はついに最終局面に突入する。

キズナ計画の本当の狙いは、過去のキズナ実験で痛みを失い、もぬけの殻になった者たちを元に戻すため、全人類をキズナシステムで繋ごうというもの。痛みを失った者は感情そのものも消失する。勝平が痛みに鈍感で感情が希薄だったのも、過去のキズナ実験の被害者だったからだ。

 

本作において「痛み」とは「自己」を意味している。第1話序盤で勝平が眺めていたセミの抜け殻はまさに「中身のない自分」の投影に他ならない。無論、セミの抜け殻はあくまで抜け殻であり、痛みも何も感じるはずはなく、ただの"モノ"でしかない。

対する法子はキズナ実験の影響で19人もの被験者の痛みを引き受けて、実験中止後もその痛みを手放す事なく生きてきた。自分自身、キズナ実験がきっかけで被験者の子供たちとこころを通わせる事ができたため、痛みを絶対視していた。「痛み」とは身体のダメージ以外にも、上述した「トラウマ」「知られたくない秘密」といった意味を含んでいる。そうした心の闇も、れっきとした「自己」を形成する一パーツなのだ。なのでそれを無理して他人に共有する必要もないし、むしろ「自分でしっかりと向き合う」必要があるのだ。だからこそ、仁子は「ちゃんと痛くなりたい!」と自分でけじめをつけようとする姿や、勝平の「痛みを返して」という主張がダイレクトに伝わってくる。「痛みを取り戻す物語」とは「自分を取り戻す」と同義なのだ。そして法子も、一斉に痛みを引き受けたことで鎮静剤を打たなければ生活できない身体であり、薬によって感情が希薄になっていた。彼女もまた、引き受けた痛みを返すことで自己を取り戻したのだ。

 

 言ってしまえば、この作品は「他者の痛みを知りなさい」と言ったメッセージを発している訳ではないのだ。むしろ「自分自身の痛みと向き合いなさい」もっと分かりやすく言えば「自分を大切にしなさい」という、至ってシンプルな落とし所になっている。とはいえ、現代版七つの大罪が物語的にそこまで重要でなかったり、ラストで天河と千鳥が急に恋愛関係になっちゃったりと、若干そうした部分はモヤつかないでもない。それでも「痛み」という身体の防衛本能からではなく、心から相手と繋がりたいと思える、そういった「単なる共同戦線」から脱却して真の友情を描いた点や、心の痛みに自分自身で向き合うことで、自己を形成できるというメッセージ性はまさに『キズナイーバー』の到達点だったのではないだろうか。

インターネッツに足跡を残すということ 「ストーリー不要の時代」「ポリゴンはわるくない!」を例に

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ちょっと前にはてな匿名ダイアリーにて、以下の記事が話題になっていた。

https://anond.hatelabo.jp/20180116071707

 

シナリオライターをされている方が、今流行りのポプテピピック、鉄血、異世界スマホを例に挙げて「今はストーリーに価値が見出されない時代だ」と愚痴をこぼしたもの。

しかしながら反響は本人が思った以上に大きく、ネット上(主にツイッター)では「ポプテピピックが流行っているからといって、ストーリーが軽視されている訳じゃないだろう」「君の名は。シン・ゴジラがあれだけヒットしたのはストーリーが良かったからだろう」など、ビシビシと叩かれていた印象だ。

 

いやまぁ、確かに異世界スマホやらポプテピなどのごく一部の例を挙げて「ストーリーが要らない時代だ!」と結論づけるのは無理があるとは思う。本人も「酔った勢いで書いたような愚痴」と認めている訳だしそこまでガチになって叩かなくても、と思ったのが正直な感想。インターネットでは迂闊なことは口にできないなと心底思いました。

 本人からすれば本当に「チラシの裏の殴り書き」だったんだろうけど、いくらチラシの裏とはいえネット上なので、まとまりのない頓珍漢な主張でも全国に広がり、識者によってビシビシと叩かれてしまうのはなかなか怖いですよね。自分が今書いている記事だって、ひょんなことからビシビシ叩かれて可能性だって無いわけではないのだから。

 

もう一つの例としてニコニコ大百科の記事「ポリゴンはわるくない!」があります。まずは有無を言わずに読んでほしい…。

 http://dic.nicovideo.jp/t/a/ポリゴンはわるくない!

 

 最初の方はあの有名な「ポリゴン事件」の概要について、どのシーンで誰がどんなアクションを起こした時に"それ"が起こったのかが、若干癖の強い口調ながらも詳細に書かれている。自分も途中までは「なるほどなるほど…。」と読んでいた。

事故が起これば、誰かが責任を取らなければならない。ポケットモンスターの看板キャラであるピカチュウにその役割を負わせるのは色々と不味いだろう。ならばその回のゲストキャラ「ポリゴン」に責任を負わせよう。という経緯が割と正確に書かれていたのだが、途中から「今のポケモンファンは心が汚れている!」などとかなり話がぶっ飛んでおり、ツッコミどころが満載だ。

そのすぐ下にあるカタカナのセリフも見るに耐えない惨状だ。挙げ句の果てにはポケモン「ルビー・サファイア」の赤と青はポリゴン事件で話題になった「パカパカ」の手法が暗喩されているのでは…?など、(それはそれで面白い解釈だが)普通に考えると「いや、それはないだろ」となる考察がなされている。

そしてポリゴンは記事内で「ヤンデレ」としてのキャラを付与され、ちょっと頭のネジが数本飛んだようなセリフを発する。

 

もう完全に「ポリゴン事件」云々の話から遠ざかってますよね。ポリゴン事件の経緯と、ポリゴンに対する誤解を解くのが記事の趣旨だったはずなのに、勝手に仮想敵を作って「今のポケモンファンはおかしい!」としてしまったり、さらには「もしもポリゴンに感情があったら」など、妄想がふんだんに盛り込まれており、事実確認としてはあまりにも突飛な内容の記事と言わざるを得ない。

 

ちなみにこの記事が作成されたのは2009年。

仮に記事主が当時中学1年生だとしても、今はもう22歳あたりか?いずれにせよ黒歴史である事には変わりない。書いた当時としては、自分の中に渦巻く「ポリゴン愛」をどうにかして昇華していまいたい、皆の誤解を解きたいという正義感からこのような結果に至ったのだろう。

この記事のスレッドは1500レスにまで登り、今でも掲示板内で賛否が繰り広げられているほか、中には「こんな記事削除してしまえ!」という声も。記事主もここまで騒ぎになるとは想像してなかっただろう。

 

インターネットという永久凍土層

 

ところで皆さんには学生時代の「黒歴史」ってありますか?もしかすれば右腕が疼いちゃったり片目に眼帯つけていたテンプレ厨二病の方もいるのではなかろうか。ちょっと痛い言動だったり、自分で描いたちょっとヤバめの漫画だったり、色々なタイプの黒歴史ってありますよね。でもそうしたアナログの黒歴史は時間が経つにつれて人の記憶から消えていきます。本人は覚えていても、周りの人が忘れてしまえばその歴史は「なかったこと」になります。めでたしめでたし。 

 

しかし、それがインターネット上であれば話が別だ。よく言われているのは、「ネット上にあげられた画像は半永久的に拡散されて、消えることはない」です。高校の情報の授業で、一番最初に教えられた話がそのことでした。バカッターの全盛期だったから仕方ないね。

 永遠に残るかと言われれば永遠に生きてみなければ分からないのでアレなんですけど、言わんとしてる事は大体分かりますよね。少なくとも私が生きている間は残っているでしょう。

 

つまり、「ネット上での黒歴史は時間が経っても新鮮なまま生き続ける」ということです。恐ろしい。いや、もうすっごく当たり前の話ですけどね。上からものを言っているけどあんたはどうなんだ!と言われそうですが、安心して下さい。私も中学の時にポケモンの動画を挙げていた頃がありましたし、個人ホームページに訪問してポケモン交換やら掲示板で会話やらを知らない人とやっていました。完全に黒歴史ですね。流石にここに動画を貼り付けることはしないが…。

 

そしてこのブログだって何年か経てば黒歴史と化すかもしれない。ネット上に何かを残すという事は「永遠に周知され続ける」こと他ならないのだ。ちょっとイライラした時に書いた頓珍漢な主張も、若かりし時のエネルギーを暴発させたような痛々しい文章も、「当時の気持ちそのまま」で新鮮なまま保存されてしまう。自分は今、できる限り精神状態がフラットな時にブログを書くようにしている。それが「インターネッツに生き続ける黒歴史」にならないように…。

【ブログ開設から1年】ブログ概要を今更ながらまとめてみた

2/15日をもって、当ブログは開設から1年経過しました!これまで見てくださった方ならお分かりの通りアニメ・映画を中心に感想をまとめていますが、よくよく考えたら「ブログの運営記事」って書いてなかったなぁ、というわけでこの機会にまとめてしまおうと思いました。

 

このブログについて

 

基本的にプロフィールの通り、アニメ・特撮などジャンル問わず作品を語っていくスタンスです。たまーにソーシャルな話題についても自分の意見を主張しています。自分の中のモヤモヤを文章として昇華するのは良い発散方法だと思うので、そういった意味でも健康的な趣味ですね。カテゴリについてもアニメ・ソーシャル・雑記・たまに映画だったり、他のブログと比較すると少なめにしています。と言うよりは扱うトピックがそんなに多くないからかもしれない…。

 

ブログを始めたきっかけ 

 

そもそも何故ブログを始めようと思ったのか、という話ですけど結論から言えば「他の人の影響を受けたから」ですね。元々特撮が好きで、感想ブログを読んでいたのですが、その特撮ブロガーの方が非常に優れた作品解釈をされていて、さらに文章も読み応えがあり、いつも楽しく読ませていただいてました。漠然と「自分もそういう文章を書けたらなぁ」と思ったのが1つ目のきっかけ。

 

もう一つは大学の英語の授業です。英語にも多くのクラスで分かれていたのですが、私が登録していた科目は「洋画を通して、アメリカの文化と作品のメッセージを読み解く」スタンスの授業でした。この授業で扱った作品は『メメント』『セッション』『スパイダーマン』『アメリカンスナイパー』『ゼログラビティ(ゼロいらない定期)』など、割と最新の映画が扱われており、なかなかに見応えのある作品が揃っていました。さらに、先生の作品解説が毎回とても説得力がある上に語り口も面白くて、毎週の楽しみになっていました。

これがきっかけで「自分も先生と同じように、作品を読み解いてどこかで発表してみたい」という思いが芽生え、ブログという媒体でそれをやってみようという話になりました。

なので特撮ブロガーと英語の先生の影響で今に至るわけです。

 

アフィリエイトおよびアドセンスについて

 

当ブログでは収益化は一切行っておりません。あくまでも趣味の範囲でやっていこうというスタンスです。というのも、個人的な意見ですがお金が目的になってしまうと「書きたいこと」が書けなくなるのではないか、という不安があるためです。もちろんアフィリエイトが悪いという訳ではありません。むしろ「読ませる記事」を沢山書いてお金が貰えるレベルのブロガーさんは非常に優れた方だと思います。しかし、自分としては「書きたいことを好きな時に書く」のが肌に合っていると感じたので、そもそも自分にはアフィリエイトは向いていませんね、という話。

 

変更点

 

・記事分類について

当ブログでは上で述べた「アニメ・映画・ソーシャル・雑記」のカテゴリ以外に、全ての記事を流さや内容によって「エッセイ」「コラム」の二種に分けています。

 

コラム:2000字程度の比較的短い記事。あまりまとまっていない、とりあえずの殴り書きのようなもの。加筆修正によって「エッセイ」に進化する事もあるかも?

 

エッセイ:2000字を大幅に超えるもの。コラムと比べて力を入れて書いている"つもり"。中には4000字〜5000字のものも。主にアニメ記事に多い

 

例外:ランキング形式の記事についてはエッセイ・コラムと呼ぶにはあまり相応しくないという理由から、どちらにも分類していません。今のところムシキングのショルダーネームランキングのみ

 

分類の理由としては、これから読む記事が長いか短いかが明らかな方が読むモチベーションが上がるのではないかと思ったためです。体感として「2000字」はサラッと読むのに丁度良い長さだと思うので、コラム・エッセイの分類は共に2000字を基準にしている。きっちり2000字という訳ではなく、許容範囲は2000〜2200くらいだろうか。

 

・カテゴリ名の変更

ちょっと前から「社会」カテゴリの名称を「ソーシャル」に変更いたしました。理由はカタカナの方がかっこいいからです。カテゴリがソーシャル・コラムだとなんかスマートな感じで響きが良いから仕方ないね

 

 

アクセス数について

 

ブロガーならば「アクセス数」は成績表みたいなものですよね。ですが私はあまりアクセス数を気にしすぎないようにしています。やはりアクセス数に拘るとどうしても「書きたいこと」から離れてしまう、という謎の不安感があるためです。上で述べた収益化しない理由と同じですね。とは言ってもとりあえず確認程度で毎日アクセス数を見ています。開設当初は1日に10人来れば良い方だったのですが、最近では記事数が多くなってきたこと・できるだけ長文記事を書くように意識したこともあり、1日で100アクセスまで伸びました!

実感としては本当に徐々〜に伸びて行った感じなので、もし収益化を目指してアクセスに拘る方がいれば、「アクセス数は徐々に伸びるもの」だと言うことを知っていた方が得かもしれませんね。たまに一つの記事が爆発的に伸びる(いわゆる「バズり」)こともあるそうですが、今のところバズり記事はございません。

 

最後に

とりあえずこれが当ブログで最初の「運営記事」になりますが、この一年であまり中間報告などはしていなかったのでもしかしたら最初で最後の運営記事になるかもしれませんね。

はてなブログには有料コンテンツの「はてなブログpro」がありますが、今のところproに進化させるつもりはございません。ぼちぼちと無料で好きな事書いていくつもりですー。